深く、深く、溶けていったのは僕だった。そこに自らの身を浸したのは、他の誰でもない、僕だった。救いようのない自分、救われる価値のない自分、助かろうとする気持ちはあったのだろうか、助けようとする手を振り払ったのは、何故だったっけ。今となってはもう思いだせない。

 いつかから僕は、目を反らされることに怯えていたのかもしれない。

「……ん、どうした?」
「陽日先生こそ、何黄昏てるんですか?」
「黄昏て、たか?俺。いや、そうじゃなくて、……大人はいろいろ考えることがあるんだ!」

 何故か動揺する相手に「そうですか」と鼻で笑って、彼が座っていた窓際の席の前に座る。

「何、考えてたんですか?」

 別にさして興味はなかった、と思う。まぁ、なんとなく尋ねてみたのだ。すると、何故か陽日先生は明らかに先ほど以上に動揺しはじめた。なんだかおもしろくなって、追い打ちをかけるようにからかってみた。

「あー。もしかして、卑猥なことでも考えてたんですか?」
「は、ひ、ひひひわい!?」
「あれー図星でした?」

 にやりと笑えば、「そんなわけあるか」と顔を真っ赤にして騒ぎだす。さっきまでの雰囲気は何処へやら。まぁぶち壊しにしたのは僕なんだけど、あんまりからかい甲斐があるから仕方ない。

「お、俺はっ、」
「はい?」

 立ち上がっても、座った僕が少し目線を上にするだけでばっちりと合う視線。これ、言ったらまた怒るんだろうなとかそんなことを思いながら、続く言葉を待った。陽日先生は、そうだ、目を反らしたりしない。いつでも、眩しいくらいに真っ直ぐだ。そして、同じくらいに、深い。何がと言われれば、分からないけれど、それはいつか、僕が溶けて落ちていった場所のような、吸いこまれてしまいそうな。

「俺はっ、……うう、」

 ごにょごにょと小さくなる声。先生、多分、そうですね、分かってますよ。だって、僕はもう、ひとりで暗いところにいるのはやめたんですから。そうでしょう?貴方も、そうでしょう?

「先生、もしかして僕のこと考えてたでしょう?」





 深く、深く、溶けていったのは僕だった。そこに自らの身を浸したのは、彼も同じだった。救いようのない自分、救われる価値のある彼。助かろうとする気持ち等、持ち合わせてはいなかったのだろう。それなのに助けようとする手を振り払えなかったのは、何故だったっけ。今となってはもう思いだせない。思いだせないけれど、そう。理由なんて、いくつだってつくりだせる。ここから、今、この場所から。

「だ、だって、ううう、お、お前のこと考えると、なんか、胸が、きゅうっと締め付けりゃれ」
「……きゅんとするポイントで噛んでしまうあたり本当に残念ですね」
「うるしゃい!」
「また、噛むし」