幸せになれない。そう琥太郎センセは言った。真っ直ぐに、目はそらさなかった。どれだけの想いを胸にその言葉を呟いたなんてオレには想像もつかなかった。想像したところで相手の気持ちは分からない。幸せになれない、幸せになれない。なぁセンセ、それって一体、誰が決めたことなんだろうな。俺は彼の名前を呼んだ。触れることはしなかった。ただゆっくりと目を綴じて、心を乱さないように平静を保つようにゆっくりと言葉を紡いだ。

「なぁ、琥太郎センセ。幸せになれないのは、誰なんだ?」

 顔をあげて微笑むと琥太郎センセは気まずそうに眼を伏せた。ああ、今度はそらしてしまうのか。あの言葉から沈黙を守った相手に、俺は言葉を続けた。

「答えてくれなきゃ……分からない、だろ?」
「……直獅」

 微かだけれど震えてしまった声に押し隠すように笑った。笑ったのに、次の瞬間に触れられた指先。頬を撫でても、いくら拭って掬いあげても流れるものに、相手は「止まらないな」と遠慮がちに笑った。困ったように微笑んだ。オレ、泣いてるのか。オレからは触れないって決めてたのに、こんなに優しく拭われる涙に、だめだろ、こんなの。耐えられるわけないじゃないかってその手の上から自分の手を重ねた。優しかった、彼はとても優しくて、だけど。

「……勝手に、決めるなよっ」

 幸せになれないなんて、勝手に決めないで、頼むから。オレが幸せになれないとか自分が幸せになれないとか、決めつけないで。大丈夫だよ、もう、俺も怖かったけど、大丈夫なはずなんだだって。




ここにいることが証なんだ、触れ合った手がこんなにも温かい

 幸せだよ、オレは。なのにそうやって自分の弱さを優しさで固めて押し付けて、それで満足かなんて、酷いことをよく言えたものだと。言ってから自分でも驚いた、弱さなんて誰でも持ち合わせてるんだ、それなのに強くあってほしかった。そんなことを想うくらいには。

「なぁ、琥太郎センセ」

 ねぇ、オレは琥太郎センセと幸せになりたいんだよ。

 この世の理なんて知らないんだ、もう全部忘れようよ。なれるんだよ、思い込むよオレは。好きなんだ、その優しさも好きだ。だから一緒にその弱さも抱えて行けるよ、不幸になんて、なってやらないって!だから、だからもう手を離そうなんて思わないでなぁ笑ってこうやってそばにいてくれるだけでオレ、笑っていられる気がするんだよ。