「俺は、お前が好きだよ」 聞いては、いけない言葉を耳にしたような気がした。普段のあいつからは想像できないくらいの優しい声色で、眉を下げて、笑う。 そしてその言葉を聞いて困惑の表情を浮かべた彼女に向けて言う、困らせてごめんな、でも本当に好きなんだ。繰り返された声は先ほどより小さく、僅かに震えていた。あいつの言葉に、彼女はとても哀しそうな表情を浮かべて言う、優しい拒絶の言葉を呟いて閉まるドア。その場に佇む親友の姿に、俺は動き出す、迷うことなく声をかけた。 「粟田」 「……ッ、梨本」 名を呼べば閉まるドアを見つめていた相手の視線が俺に向けられ驚いたと目を見開いた。次の時にはバツが悪そうに目をそらされてしまった。 「見てたのか」 「うん、ごめん」 素直にそう言うと、反論することもなくそっか、とだけ呟き、力なく笑う。そして俺になんか用だった?と聞いてきた。 「あったけど、もういいや」 「……、ふ。なんだよそれ」 「だって失恋シーン見ちゃったし」 「お前、デリカシーもなにもあったもんじゃねぇな」 「必要ないじゃん?」 「……いや、はは、そうだな。サンキュ」 ……泣きだしてしまうんじゃないかと思った、いいや普段があんなだからかこいつならこんな時、絶対泣くんだろうと思った。 でも、彼は笑う。 「……分かってたんだよ、それでも伝えなきゃいけねーことって、ある、じゃん?」 そう言って笑う、今にも泣き出してしまいそうな表情で、笑う、笑う。 「かっこつけやがって」 そんな相手の髪に手をやってわしゃわしゃと乱暴にかき混ぜる。わわ、やめろよとそこから抜け出そうとする粟田。 「泣きたいときは泣けって、柿野のときも言ってただろ?」 そうだなって言うくせに、それでもまだ笑顔を保ち続ける粟田、だったけれど、そのうち力なくその場にしゃがみこんで、俯いて……肩を、抱いて。 「……俺の、せいじゃないからな」 「……何がよ」 「……こんなに、かっこ悪いのは……っ、ぅ、俺のせいじゃねぇから」 「うん、そうだな」 「なんだよそれ、かっこ悪いって、思ってんだろ」 「思わないよ」 「……嘘つけ」 「俺、嘘なんかついたことないじゃん」 「いやあるだろ」 「はは、そうだな、悪りぃ」 冗談みたいなやりとりを交わして、俺も同じようにしゃがみこんで、粟田の背中をぽんぽんと叩いてやる。 「子供扱いすんなばか」 ぎろりと向けられた視線に柔らかく笑うと、また俯く。小さく、蚊の泣くような声だった。 「すげぇ、困った顔、してた。……困らせるって分かってたんだ、分かってたのに俺、それでも自分の想いを伝えたいって、伝えて、自分勝手だよな。まじで、ちくしょう、だめだな」 「なんでだめなの?」 俺の言葉にまた、はっと顔を持ち上げる粟田に、続けた。 「なんでそれが、いけないことみたいにゆーの」 「……」 「紛うことなく、伝えたんだろ?」 「……うん、間違いなく、俺の気持ちを伝えた、よ。伝わったはずだよ」 「それは、いけないことじゃないだろ?」 当たり前のことだと思った、好きな人に好きと言うことが時にはいけないことである場合もあるかもしれない。でも、だけど例えそれがいけないことという行為の枠に入ってしまったとしても、その想いを伝えるようとする気持ちさえ否定されてしまったらなんて考えるととてもやるせない気持ちになる。そして嫌だった、何よりも、相手の気持ちを尊重する前に自分の気持ちをまるで尊重出来ないなんて、そんな恋は嫌だと思った。かっこいい言葉で肯定するつもりはない、ただ、真っ直ぐな想いを伝えることって、大事なことで、宝物みたいに大切にしなきゃいけないって思うから。 「泣き虫」 「お前が泣かせたんだろ」 「……なぁ粟田」 「なんだよ」 「帰ろうぜ?」 今夜は、傷心な親友の手を引いて行こう。泣き虫なこいつが、ひとりで泣いてしまわないように、傍にいてやろう。俺は笑う、こいつの隣で笑う。 you may yet become happy! 「……梨本」 「うん?」 「お前って昔からそうだよな」 「なーんだよ、急に」 「いや、そうゆうとこ、好きだなって」 「あっはは、気持ち悪いこと言うな」 「な、酷い!泣いちゃうぞ!」 「おう、泣け泣け、泣きわめけー!」 なんでか、昔から。 (俺が笑うとこいつも笑うんだ) title by 夜風にまたがるニルバーナ |