「おかえり」

 ただいまとは言わない彼は僕の顔をちらりとみて瀬を向けると神経質に靴を揃えた。

「おかえり」

 振りかえった彼は気だるそうな顔をしてボクをみる。そうしてやっと口を開いたかと思うと「ヒロトさん、いたんですね」とそれだけ言って横をさっさと歩いて通り抜けようとするのを腕を掴んで引きとめた。あ、すっごい嫌な顔。

「うん、今日は姉さんいないっていうし、マサキが寂しがると思って」
「……何言ってんだよ。寂しかったのはヒロトさんなんじゃないんですか」

 からかうつもりで言ったんだろうか。そんな言葉に笑顔でうんと頷いて返すと眉間に皺を寄せてボクを睨んだ。

「ガキかよ」
「マサキ、今日は遅かったんだね」
「話変えるし。どうでもいいだろ」
「よくないよ」

 寂しいって言ってるじゃないか。そう呟いて腕を引っ張り寄せて自分より何回りか小さい体を抱きしめた。

「……やめろよ、練習してたんだ。汗くせぇだろ」
「……ん、マサキの匂い」
「ヒロトさん、まじ、引く」
「ん、」
「……っちょ、ヒロ、んっ、ぅ」

 後ろから抱きしめている体勢で首筋に顔を埋める。ちょっとだけ、意地悪。

「ヒロト、さん、こんなとこで盛んな」
「マサキが悪い」

(親がいない寂しさを紛らわす彼の強がりはこうだった。何しても怒られないし、何より自由でいられる。だから、清々していると)



自由すぎるその手も足もぜんぶボクが繋ぐって、もうきっと寂しい想いなんてさせないって誓ったのに

 最近マサキが楽しそうで、円堂君たちに任せて、本当に良かったと笑った姉さんの前で、ボクはうまく笑顔を作ることができなかった。マサキが楽しいのはいいことに決まっている。ああ、なんて醜い。こんな気持ち。だって、ここが、ここがマサキの居場所でしょう。

「……ヒロトさん、ただいま」

(悪戯に笑う君は、ああ、なんて卑怯なんだろう)