僕はもっと幼いころおじさんのことをよく知らなかった。けれど知らされた事実におじさんがしたことがどれほど多くの人たちを苦しめたのかと思うと、胸が痛かった。それでも僕は知っていた、おじさんがボールを見つめる目を知っていた。あんなに優しい目をできる人、そんなに優しい目を向けることのできるサッカーって一体、どんなものなんだろう。惹かれていく、それでもどこかで触れてはいけない踏み込んではいけないという暗示のようなものが脳に木霊して、踏み出せなかった。怖かったのに恐れてたのにそれでもあのボールの音を聞くたびに、想いばかりが募って募って。

 はじめての試合、ボールをゴールネットに叩きつけたあの時のことを鮮明に思い描いて、同じように足を思い切り引いて。知ってしまった、僕はボールが、シュートが、ゴールに決まる快感を知ってしまった。嬉しくて、愛しくて、狂気にも似た感情に心が震えた。そうして同時にそれが怖くて、怖くて、涙が止まらなくなる。

「わっ、輝?」
「……天馬、くん」
「えっ、え、どうしたの!?どこか痛いの?」
「ちが、ちがくてっ、うぅ」

 ふたりで練習をしていたんだ。ゴールキーパーを経験したことのある天馬くんは僕がシュート練習をしたいと言ったら快くそれを引き受けてくれて。ボールがネットを揺らして、同時にその場にしゃがみこんでぼろぼろと涙を零す僕に驚いた表情で駆けよってくれて、ケガの心配をしてくれた言葉にぶんぶんと首を横に振って否定すると困った表情をしながらも僕の頭をよしよしと撫でた。

「ごめ、なさい」
「いいよ、謝らなくても」

 ありがとう、ありがとう。何も聞かずに、一緒に泣いてくれて、ありがとう。

「輝、俺さ、その輝のおじさんのこととかよく分からなくて、ごめん。だけど、サッカー、したかったんだよね?俺もなんだ、ずっとずっと、誰かと一緒にこのボールを蹴りたかったんだよ」

 そう言って、ぎゅっとボールを抱きしめて、目尻に涙をためながら笑った。

「勿体ないじゃん。悔しいけど輝は俺なんかよりずっとずっと呑み込みが早くて……それなのに、もっと楽しみながらプレーしないと、勿体ないよ。サッカーだって、きっと哀しむよ?」

 ね、って。続けられる天馬くんの言葉に今まで胸にしまい続けてきた想いが溢れだした。ずっとずっと、我慢してきた想いが流れてこぼれて、どうしようもないくらいに。



勿体ないよと君が笑って背中を押してくれたから、向き合って全部抱えて歩んでいければいいなって

(強く、強くそう思った)