ボールが鳴る音が好き。スパイクと擦れる音も、ボールを蹴りあげると鳴る乾いた音も好きだ。それも練習のあと、夜も更けたころに誰もいない静かな空き地で響くこの音が、何よりも好きだった。

 サイドで優しく撫でるようにすれば思い通りに弾む。思い切り振りかぶって高く高く蹴りあげるこの時が一番気持ちいい瞬間。何も考えなくていい、ひたすらにボールと対峙する時間だけがここにある、絶対的な。

「ねぇ、狩屋くん」
「はっ!?あ、なん、輝くんか」
「ごめんなさい、びっくりさせちゃいました」
「べっつに、驚いてないけど」
「?それならよかった!」
「何、で。なんか用?」
「あ、えっと。たまたま通りかかったんです。そうしたらボールの音が聞こえて」
「ああ、そ」
「あの、よかったら僕も一緒に練習してもいい?」
「はァ?」

 何言ってんだこいつって不満そうに返すとダメかなと寂しげに笑うもんだから断ることもできやしない。

「まぁいいけど」

 言うとふにゃりと笑むその表情が。嬉しいと本当に心から喜ぶその笑顔が、馬鹿みたいだと思った。馬鹿みたいで、疎ましくて……羨ましくて、嫌いだと思った。

 ボールを蹴り合いながらも楽しそうに笑う影山。なんで、そんなふうに楽しそうに笑うんだ。たかがボールを蹴っているだけなのに。

「なぁ」
「っふぇ、あ。えと、なに?」
「なんでお前、そんな楽しそうなの?」
「えっ、だって楽しい、から!それにっ」
「あ?」
「狩屋くんだって楽しそうですよッ?ふふ、僕も狩屋くんとサッカーするの楽しいッ!」
「ばっ、」

 突然の言葉に焦ってコントロールが狂ったボールが相手の横に大きくそれてそれを追うようにしてかけていく影山。何言ってるんだ、俺が、楽しそうなんて、そんなわけ。

 ああ、くそう。思い出したくない記憶。練習に無理やり付き合うなんて言って押し掛けたヒロトさんに言われた言葉が脳をよぎってその場にしゃがみこんで俯いた。ボールをとって戻ってきた影山はどうしたのなんて驚いた様子で、そんな相手にうるさいお前のせいだって我ながら不条理だと思う言葉を吐いて。

「マサキとサッカーするの、楽しいよ」

 なぁ、ヒロトさん、なんだよ、それ。

「狩屋くんとサッカーするの!楽しいです!」

 なんだってんだよ、こいつも、ヒロトさんも。なんでそんなふうに、正気か。そんなの、俺だって、本当は分かってるんだよ、ずっと、分かってたんだ。



ひとりでボールを蹴るのもいいけどでもそれじゃあ本当のサッカーとは言わないよねと言ったいつかの彼を思い出してしまった

「俺だって、たのし、ぃ」
「え?今、何か言いました?」
「ああもう、うるせぇ!何も言ってない!」

 ばっかじゃねぇの!!