「俺、帰らないよ」

 彼の手を握る、返事はなかった。軟く風に揺すられた吹雪の、色素の薄い髪が南に流れる。泣くわけがなかった。俺も吹雪も、鏡合わせみたいに同じ表情をしていたと思うんだ。大好きな笑顔に、きっと近づけていたらいい、例えまた君に触れる日が来ても、もう会うことすらなかったとしても、俺は雪の白を見るたびに、君を想い、日々を思い返し慈しむことをやめられないのだと思う。

 北風に浚われそうになる彼の髪に触れた。流れる白に焦がれた回数なんて、両手では数えきれないよ。

「吹雪、」

 返事はなかった。彼が目を細めるのと同じように、俺も目を細めたつもりだった。

「吹雪、吹雪」

 返事はなかった。彼が細めた瞳から涙が零れる。吹雪の手が、俺に触れた。両手で頬を包み込まれる。

「吹雪、さよならだ」

 彼の手は、思ったより冷たくはなくて、それでもいくらかひんやりとしていた。俺が泣けば吹雪も泣いた。まるで鏡合わせのように、目を細めながら泣いた。

「吹雪、泣かないで」

 返事が返った。あまりに理不尽な言葉を投げかけたからだろうってことはなんとなく分かっていた。吹雪は困ったように笑う。吹雪の笑顔で笑う。

「先に泣いたのは一之瀬君なのに」
「でも、吹雪には泣かないでほしいよ」
「……わがままだなぁ」
「うん、ごめん」

 わがままだって、吹雪はそれでも笑う、ごめんと言っても、仕方がないなって、泣くのをやめて笑ってくれた。やっぱり吹雪は、優しいね。

「吹雪、俺、」
「うん」
「日本には帰らないよ」
「うん」
「でも吹雪と離れたくないんだ」
「うん」
「やっぱりこれはわがままなのかな」
「うん」
「吹雪はうんしか言わないね」

 誰のせいだと思ってるの、俺のせい?うん、うん、うん。吹雪はずっと笑ってる、俺のせいとは言うけれど、俺を咎めたり、責めたりはしない。

「一之瀬君」

 ああ、遠ざかるんだね、俺のせい、なんだけれど。

「君のせいだよ」
「なにが、」
「くるしいのは」
「うん、でも吹雪、俺も苦しい」
「自業自得じゃないか」
「そんなこと、吹雪が言うなんてね」

 綺麗な君に呼ばれる俺の名前は、とても美しく聞こえるよ。

「一之瀬君に似たんじゃないかな」

 さようならの前に、君にキスをした。別れが惜しいなら、離れなければいいと思うかもしれない。それでも俺はこの地に立っている。この足で、一度は倒れても、二度でも、何度でもひとりで立ってまた起き上がり踏みしめたこの地で。

「一之瀬君」



君に似た俺と、俺に似た君の結末

 今までありがとう。もうひとりでも大丈夫だよ。笑う吹雪に、苦笑した。

 ああ、ね。君が俺に似たというのならそう。もう、だめなのにね。俺だって、俺だってそうなんだよって。

 吹雪、俺ね。もうひとりじゃ、だめみたいなんだって言ったら、君は。君は、俺の傍に、いて、くれるのかな。