先輩って。問うた言葉に相手は目を丸くして小首を傾げた。いっても普通の反応だと思う。だがしかし俺にしたらそんな仕草すらちょっと気にくわなかったりする。

「俺の苦手なこと?」

 改めて繰り返す相手。

「そう。まったく想像がつかない」
「なに俺ってそんなに無敵にみえるのか?」
「……まぁ、ある意味」

 先輩を横目で捕えて、視線を反らした。そんな俺をみた先輩はふぅんと天井に視線を映してそれからまた俺のほうに向き直った。

「あるよ、苦手なこと」

 目を細める。ああ、だから、その表情が気にいらないんだ。どうして気づかないんだ、ただの真面目馬鹿なのか?いや、気づいていてわざとやっているんだろうかそうだとしたら本当に性格が悪い。

「なに」
「知りたいのか?」
「別にそうゆうわけじゃないですけど」
「ああ、そう」
「……」

 黙ってしまえばしょうがないなと柔らかに笑んで俺の頬に触れた。

「……ほっせぇ指」

 女みたいだと言った。怒るかと思った。けれど相手はそんなことはしなかった。

「神童は綺麗だと言ってくれた」
「……はいはい、キャプテン、キャプテン。キャプテンね」
「拗ねているのか?」
「……違いますよ。ただ、」
「……?」
「俺だって綺麗だと思ったのに」
「そんなこと言わなかったじゃないか」
「言ってないですから」
「素直じゃないなぁ」
「かわいくないって?」
「まったくだ」

 いいながらも先輩は俺の頭をよしよしとなでた。何もかもが気に入らなかった。ひとつしか違わないのに俺を子供扱いするそんな態度も、本人はまったく当たり前と思っているキャプテンに対しての執着も、ぜんぶ。

「で、」
「ん?」
「何ですか苦手なことって」
「ああ、それは」



ある意味俺の方が彼を満喫しているに違いはないのだろうけど

 ぜんぶ気にいらなかった。女みたいなシャンプーの香りがする髪も、綺麗に整った顔も、きりっと大きな瞳も長くのびた睫毛も、乾くことのない唇も、うなじも、首筋も、几帳面に切られた爪も、優しい声も、忠実な思いも真面目な性格もぜんぶ、ぜんぶ。だってそれすべて、それ以外のものもすべて先輩は自分のどんなことでも彼のためならためらうことなくいくらでも差し出すのだろう。

「神童が泣くこと」

 あいつが泣くと、どうしていいか分からなくなる。と、そう言った先輩の表情をみる間もなく抱きしめられた。状況がつかめずに突然のことに相手をおしのけようとするが力では敵うことはない。

「それは本当、だけど逆もある」
「っ、何言ってんだ、よ。つうかはなせ」
「やだ」
「逆って、な、」
「ごめん狩屋」
「なん、だよ」
「ちょっと意地悪した」

 俺さ。耳もとで、囁かれた言葉、なんだよ、それ。

(気にいらない、気に入らない)

「お前が泣くのは、ちょっと好き」

 言われて、自分が泣いていることに気づく。その涙の理由を俺は知っていて、多分、だからこそ気にいらなくて、認めたくなくて、ちくしょう、本当もういやだ。

「……あんたほんとっ、最悪、だっ」

(キャプテンキャプテン、うるさいんだよなんて、言えないって分かってる俺にそんなふうに言って自分だけ満足してるんだから、まじでありえない)