※FFI後の一之瀬の手術が失敗 力を入れるとぶれる地面に歪んでいく視界。声が漏れるのも気に留めずにその場に膝を立てて身体を支える、それが今自分にできる精一杯だった。それが事実、変えようのない現実。そうして改めて認識されることに脳が痺れるような感覚と体中に悪寒が走って吐き気さえ催した。 「っ……、ぅ、……」 どうして俺が。そうやって膝を抱えることはもう幾度となく繰り返したけれど答えは出るどころか己の心がどんどん底へ沈んでいくようで。なんで俺だけ。繰り返すのはもうやめた。流石に人前で泣きじゃくる幼さは持ち合わせてはいないけれど、ひとり涙を流すことももうやめた。 (……ああ、気持ち悪いなぁ) 冷や汗が止まらない。思い通りにならない身体が気持ち悪くて仕方なくて、苦笑する。 (サッカー、したいな) もう本当に動かないのだろうか。きっともう、動かないのだろう。でも俺は心のどこかでそれを疑っていたんだ。分かっていても諦められなくて、もしかしたら、もしかしたらって俺はいつでも自分のことばかり。 こうして、俺がまたひとり立ち上がろうとすることに、泣きそうに笑う人を知っているのに。 ごめんね。 差し出される手は光を帯びていた。気配に、顔をあげてあまりの眩しさに目を細める。 「一之瀬君、こんなところにいた」 「格好悪いところ、みられちゃったな」 「……今更よ」 笑う彼女の手を取って、それでもよろける身体を支えてくれる。言葉に、酷いなぁと冗談めかして返せばぎゅうっと腰に抱きつかれる。 「秋?」 「私、一之瀬君の強いところも弱いところも、知ってるもの」 「……ごめんな、秋」 「どうして謝るの」 「ううん」 抱きしめ返せばふわり香る彼女の香り。さっきまで、うんと寒かった胸のあたりの温度が一気に上昇していくように熱い。温かい。 (サッカーできない俺で、ごめんね) 呑み込んだ言葉に自分の方が泣きそうになった。きっと言ったら、秋に怒られていただろう、それはちょっと怖い。 「……好き、だよ」 「知ってるよ」 「俺、秋のこと幸せにできるのかな」 「そんなこと言うの、一之瀬君らしくないよ」 「だって、俺、」 「してよ」 「っ、」 ねぇ、秋。秋はどうして俺を選んでくれたの。疑問は残るけど、俺を選んでくれた。そのことに胸を張れる自分でいたかった、だけど俺はもうあの頃のように君とボールを追いかけることができないんだ。迷いが生まれる心に、劣等感に、自分が自分でなくなるような。違う、こんなの俺じゃないって、こんなの全然俺じゃないのにって。 「っはは。秋、すっごい男らしい」 「それ、誉めてる?」 「誉めてる誉めてる」 「もうっ、絶対からかってるっ」 「ごめんごめんって。……あのさ、秋、俺、こんなだけど秋を、秋を守りたいって思うんだ。変わってしまったこともあるけど、この気持ちは今も昔も変わらないんだよ、だから」 変わったこともあるけれど、この想いだけは、ずっとこの心にあるんだよ 「ずっと、俺のそばにいて」 重いだろうなぁ、こんな気持ちはきっと秋を不自由にさせる。それでも伝えずにはいられなくて、そんな俺はきっと卑怯だ。それでもそんな俺の言葉にも当たり前でしょって言ってくれた彼女ははじめての涙を流した。俺がこうなってしまってから、はじめての涙を流した。強がりだって笑ったら、一之瀬君ほどじゃないって返されてしまって笑いあう。辛いと思うこともあるだろうけど、どうにかやっていけそうだよ。それから少ししていなくなるのはいつだって一之瀬君のほうじゃないなんてふくれてしまった相手の頬をつんと突いた。 「あのね、一之瀬君、」 「……?」 「私、きっとずっと一之瀬君が好きだった」 「え、」 「多分、諦めてしまっていたの。一之瀬君がいなくなった時、全部。もう割り切って、やっと思い出に変えられた時、また一之瀬君に出会った。その時は気付けなかったけど。私、ずっと探していたんだよ、サッカーに一之瀬君を、探してたんだよ」 (絶対、絶対失いたくない。どんなことをしてでも俺は。ねぇ、この想いは募るばかりで、今は良くても、もしかしたら君が重いと思ってしまう時が来るかもしれない。それでも消えてくれないんだよ、無くなってくれないんだ。君を幸せにする自信なんてあの頃に比べたらいくらもないけど、それでもなくしたくないって心から思うんだ) |