※FFI後の一之瀬の手術が失敗→GOと同じ時系列



 FFIの決勝戦の後すぐに手術を受けた彼の元へ僕は走った。それこそ、風になったみたいに。グラウンドから病院へつくまでの間のことを僕はよく覚えていない。それほどに必死だった、幼なじみの木野さんをも出し抜いて僕は一目散に走った。異国の土地だ。地理に詳しかったわけではなく、むしろ無知だったにも関わらず、だ。冷静になって振り返るとまるでそこまでの歩み方が遺伝子に組み込まれているのかと思う程に無駄な道を一切通らずにきたのだと思う。そう考えなければこの短時間でその場所へたどり着くことは不可能だった。

 そうして辿りついた場所、彼はまるで異空間のようにきりとられたような白に、いた。静寂が包んでいたその部屋には僕の荒い息使いだけがどこかぶれたような音で存在していた。締め切られたカーテンもそれはそれは真っ白で、白恋の、あの雪景色さえ連想させた。

 普通では考えられなかった。手術を終えた人物にすぐの面会など、できないものだと思っていたそれでも僕は少しでも彼のそばに居たいとこの場所を訪れただけだったのに、思いもよらぬことに、白衣の男性に促されるようにしてこの部屋へと招きいれられた。

 そこでみた彼の表情。十年。十年だ、もうそれから十年もたったそれなのに、

(頭に焼き付いて、消えることがない)

「ほんと、勿体ないよなぁ」

 ぽつり、言った。相手に向かって首を傾げると僕をからかうように首を傾げる仕草を真似して吹雪ならきっと、日本代表になれたのにってつまらなそうに吐き捨てた。

「いいんだよ、僕は」
「わかんないよ吹雪の考えてること」
「そうかな?」
「……うそ、ちょっとだけ分かる」

 言って、少し低い位置から僕の方へ両手を伸ばした彼。それはこっちにきて、という合図だった。彼の前まで足を進めると僕は車椅子の彼と同じ目線になるように腰を屈める。

 彼の手を掴む、すると、吹雪は優しいなぁと目を細めて笑った彼の表情は聳える空に溶けてしまいそうな程儚げで。

 一之瀬君、ねぇ一之瀬君、僕は優しくなんか、優しくなんかないよ。そう言えたとしてもきっと何も変わらないのだろうと思った。変わらずに彼はそんなことないよと返すに決まっているからだ。

「優しいよ、本当に」
「そんなに言われると、なんだか馬鹿にされてるみたいに聞こえるなぁ」
「はは、そんなことないよ、分かるだろ、」

 吹雪なら。って付け足してからからと笑った、が、すぐにかき消されたその笑い声。遠くで響いたスパイクがボールを打ちつける音が、ばたばたと走り回る小さな子どもたちがひとつのボールを無邪気においかかける光景が、笑顔だった一之瀬君の瞳に僅かな闇を焼き付けた。

「……一之瀬君、もう、行こうか」
「なぁ、吹雪」

 背を向けて歩きだそうとした僕の手を引いた。振りかえれなかった僕は彼がどんな表情をしているか分からなかった。いや、もしかしたらって思うと怖かったんだ、もし、降りかえったらもし、彼が、ああ、ぁ、。嫌な予感で霞む思考、流れる冷や汗が首筋に流れる。

「吹雪のシュートがみたい」

 言葉に、驚きのあまり肩がはねた。振り返れば悪戯に、それでも含まれるまた別の響きに、車椅子の上から覆うようにして彼を抱きしめた。抑えるなんて思わなかった、ゆっくり回される腕が髪を撫でるのも気に留めないで、なんて言葉をって分かっていながらも呟いた僕はやっぱり優しさとは遠くかけ離れているように思えた。違うんだ、僕は、僕はただ。

「……僕、だって、僕だって一之瀬君のパスを受けたいよ」

 出してよ、フィールドを抜ける光の如く僕を速くさせるパスを僕におくれよ、ねぇ、一之瀬君、一之瀬君、いち、のせくん。

「吹雪は優しいなぁ」
「っほんと、馬鹿にしてるよね」
「違うって、誉めてるんだよ。優しくて、優しくて、優しすぎて、愚かで、」
「……なんだかなぁ」
「吹雪」
「……?」
「吹雪、これが最後。ごめん最後だから」



泣きたい時に笑うなんてまったく君らしくて僕の方まで涙が零れて止まらないんだ

 言った彼は笑うのだ。あの時と同じように、変わらない笑顔に、涙の明かりを滴らせている。自分が泣いていることに気づいていないんだ、きっと自分が泣くなんてことありえないことだと思っているに違いない。それでも彼の事実とは裏腹に零れる涙が肩を濡らせばぽつりと紡がれる言葉に、僕は自分の魯鈍なさまに涙を流すのだ。

(吹雪、吹雪、サッカーしたい、サッカーしたい。俺、サッカーしたいよ、吹雪に皆にパスを出したいんだ、一緒にプレイしたいんだよどうして、なんで、どうしてなんで。できない、できない、もうできない)