貴方が呼ぶ名前が好きだった。大嫌いなこの名前も、貴方のその柔らかな声で紡がれるならば、好きになることができた。何故とか、理由とかそんなのはもういらないんだよ、そうやって割り切れるくらいには俺は貴方のことを、特別に思っていたのだと、今なら認めてしまえる。

 ベンチに座って両手を広げるその人は決まって薄く笑みを作って、その唇で俺の名を形作った。

「マサキ、おいで」



貴方が穏やかに揺れる白く淡く輝く光ならばいっそそれに溶けて消えてしまえたなら良かった

「茂人!」

 そんなとこいねーで早くこっちにこいよ、と、真っ赤な太陽みたいな人は言う。

(熱い、熱い)

「晴矢、今行く」

 貴方が何処をみているのかなんて、とっくに分かってた。真っ直ぐ見つめる、一点しか見えないみたいに俺を瞳には映してくれない。もう俺の声は届かない。

「ちょっと行ってくる」

 言う彼の手を、何故。掴んで、引きとめて、後悔して、もう遅くて、振り返った彼は困ったように笑って俺の手を緩やかに拒絶した。

 貴方が呼ぶ名前が好きだった。大嫌いなこの名前も、貴方のその温かな声で紡がれたから好きになることができた。何故とか、理由とかそんなのはもう存在していない。こうしてここまで来てしまったからこのひねくれまがった性格は、いくら最低だと言われても変えることはできないけど。そうやってすべてを諦めて笑えるくらいには俺は貴方のことを、特別に思っていたのだ、と、そんなの、今も昔も、変わることはないんだ