夕日に染まる、きらきら光る川の横でボールと足を絡めた。吸いつくようにぴたりと足に密着するこのボールが、

(好きだ、と、思うと同時に頭の中が真っ白になった)

 好きじゃ、ない。

 立ち尽くすとぽとぽとと小さくはずんでやがて動きを止める。

(ほら、やっぱり、)

 ボールは俺のこと、好きじゃない。

 ぽとぽとと。
 零れたのは涙だったんだろうか、暗くなる視界ではそれすらも曖昧で。

 帰りたい、帰りたいのに。でも、帰る場所なんて、ない。あの場所は嫌だ、あの場所は違う、どこも、違う、違う……。

 しゃがみ込んで、ぎゅうっとボールを抱え込んでも温もらない。冷たい、ここは冷たくて寒い。寒いのは嫌いなのに、どうして、どうして俺はこんなところにいるんだろう。

「マサキ」

 しと、しと。足音が近づくと思わず顔をあげる。こんなところで泣いていないで皆のところにおいで。そう笑う相手にやはり自分は泣いていたのかとまるで他人ごとのように思った。

「……嫌」

 ボールを抱え直して念を押すように嫌ですと繰り返せば何故なのか自分でも分からない、ボールの上に滲んでいく。

 困っているんだろうか、俯いた顔では相手を視界にとらえることもできない。

「マサキ」

 それはあまりに優しい声だった。

 生まれて何度も、呼ばれ続けた名前、最後に親に呼ばれた自分の名前。忘れることのできない声も、愛おしさに溢れていたのかまでは分からなかったのに。

「分かった、いいよ、無理に皆と仲良くしなくたっていい、君のペースで、かまわないから、ね、だから泣かないで」

 触れられる髪、頭を撫でられる。しゃくりを押し込めるようにしていたはずの声もいつのまにか小さく声を漏らしていた。

「マサキ、ごめん、ごめんね。やっぱり泣いてもいいよ、好きなだけ、泣いていいからそうしたら」

 俺とサッカー、してくれないかな?困ったように笑った、あの笑顔が今でも、心に焼き付いて、離れない。

 彼が俺にパスをすると俺はゴールに向かって走って、走って、ネットにボールを打ちつけた。どこか浮かない顔をする俺にゴールネットに入ったボールを持った相手はそれをこちらに軽く転がして首を傾げた。

「あの、おれ」
「どうしたの?」
「おれがパスする、から」

 きゅっと彼の、シャツの裾を引いた。

「シュートみたい」

 流星の如くゴールラインを通り抜けるボールをはじめて見た時に思ったんだ。



「ねぇ、マサキ」
「はい?」
「ちょっと昔のことを思い出したよ」
「……」
「はじめてボクのシュートをみて驚いていたくせにあんなシュート俺が大きくなったらいくらでも止められるなんて、」
「っ、そんなこと言ってねぇ!」
「DFになってボクより凄いわざでって」
「っ言ってないって言ってるでしょう!?」
「あはは、怒らないでよ、分かった、分かった言ってないから」

 顔を赤くして怒鳴れば回される腕。引きはがして睨みつけてやっても幸せそうに笑うから、調子が狂ってしまうんだ。



俺の蹴るボールが優しいなら、それはきっと貴方が蹴るボールが酷く優しいものだったからなんだろう

 俺は、もう何も失うことなんてないようにあんたの全部を受けとめることができているだろうか。もう一度抱きしめられても、もう抵抗はしなかった。

「ヒロトさん」
「なに」

 どこにもいかないでって言ってしまえれば良かったんだろう。でもそんなこと、言えるはずがなくてぎこちなく相手の腰に手を回せば全てを見透かしたみたいにどこにも行かないよって笑ってくれるから。

「俺、ゴールキーパーよりあんたのゴールになるよ」
「……?」

 顔をあげて、悪戯に笑えば首を横にした相手の頬を思い切り抓ってやった。

「いっ」
「ヒロトさんのばーか!」