「何を言われたって同じだって言ったろ」

 俺は行かない。
 近づいた足音に浴びせられた言葉は、いつもの彼からは想像もできない程冷たい声だった。ましてや、その足音の主に対してなど。戸惑い、拒絶、納得出来ないから、踏み出せない、言葉の意とは裏腹に自分はどうすればいいと、一之瀬は長い睫毛を伏せた。

「別にお前を説得しにきたわけじゃない」

 夕日の色をした川がきらきらと光る。
 土に汚れたボールを抱え込んで草の上に腰を下ろす一之瀬の隣までさらに足を進めた。

「一之瀬、お前は」

 吹雪の言葉に戸惑ってしまったんだろう?
 続けられた言葉に、否定する言葉がみつからなかった。いつでも自分の意志を真っすぐに持つ自分、人の気持ちを優先する優しくて少しだけ頼りない彼。今の状況はまるで逆。人の考えは必ずしも重ならないことなど分かっていた、それでも、どうしても。

 矛盾する、なのに前に進まなくちゃいけないとも心のどこかで思っていることが。一之瀬の言葉を、鬼道は否定しない。ポツポツと零される言葉をただ黙って聞いていた。

「吹雪は優しいから、ああ言って俺に、大丈夫だって伝えようとしてくれたんだって思う。俺にはいつもみたいでいて欲しいんだって。でも、それでもさ」

 好きだって思う相手がもっと苦しむかもしれないのになりふり構わず前に突っ走るほど真っ直ぐじゃいられないんだとぎゅっとボールを抱きしめて。

「立ち止まったっていいじゃないか」
「……そう、だな」



その優しさがお前を苦しめるならそんなもの捨ててこの腕の中へくればいいと

 言いたいことは、もっとあったはずだった。目に付いた石ころをゴーグル越しにみつめる。そしてそれを、少しだけ助走をつけて、夕日を写した川に向かって蹴りあげた。青いマントが舞い上がり、それを一之瀬がちらりとだけ見遣る。蹴りあげたそれが大きく弧を描き水に落ちるまでの少しの間でも良いからと、鬼道は思わずにはいられなかった。それなのに彼の背中を押したいと思ってしまう自分に、鬼道は自嘲気味に笑んでからくるりと一之瀬に背を向けて歩きだした。

「明日、俺も……吹雪も、待っている」