地下室にはコンクリートとボールがぶつかる音が響く。完璧にならないといけない、アツヤなんていない、だから僕がひとりで。焦る心は集中を途切れさせている、それすら分かっているのにどうすることもできない。

 不意に頭上からゴオォと地の鳴くような音がした、違う、違う大丈夫だ、きっと小さい地震か何かだろう。それなのに身体の震えは止まらなくなり、がくんと膝をついて肩を抱くことしかできなかった。情けない、情けない、でも、怖い、怖いよ。荒い呼吸も震えも、何も止まらずに指は肩にぎりりと食い込んだ。その時だ、地下にカタカタと足音が鳴ったかと思うとそれはどんどん早くなり、僕の肩に触れた。

「吹雪っ?」

 それが誰のものかなんてすぐには分からなかった。それほどに僕には余裕がなくなっていたんだ。それでもいつのまにか回された腕が、呼び掛ける声がだんだんと頭に響いて。呼吸困難になったみたいにひゅうひゅうと吸ってはいてを繰り返していただけの呼吸が段々と落ち着きを取り戻す。

「吹雪、吹雪」
「……ち、いちのせ、くん?」

 瞳を揺らしながらも僕がやっと名を呼ぶと更にぎゅっと抱きしめられた。ひだまりの匂いがした。心配そうな声、素直に、彼には似合わないと思った。

「……一之瀬くん、ごめんね。も、大丈夫だから」
「そう、か。良かった……あ、ごめんっ」
「え、何が」

 抱きしめられていた腕が外されると一之瀬くんはあちゃあと目を抑えた。小さく聞こえたのは急に抱きしめたりなんかしてごめん、と。

「つい、癖で」
「癖、ね」

 癖なんだ、と、何故かがっかりしてしまう自分がいる。まぁアメリカ帰りの彼にとってはハグなんてたいした意味はないんだろうし、さっきは僕を落ち着かせようと彼なりにしようとしたことだったんだろう。おかげで実際に僕はこうして落ち着きを取り戻しているんだし。それよりも、ただの思い違いとは思いにくい。

「吹雪、無理はしちゃいけないよ?」
「一之瀬くんは」

 僕は自分で人の感情の変化に気付くのは得意な方だと思っている。でも嫌な方の変化を解消する方法なんて知らなかった。だから、実際意味はない。

「僕はもう大丈夫」
「そっか、良かった」
「それより一之瀬くんこそ」

 何か、無理をしてはいないかい。そんな僕の問い掛けに彼は、心底驚いたという表情をした。そんなことを言われるとは微塵も思っていなかったみたいにけらけらと笑って言った。

「何言ってるんだよ」

 笑う君。

「本当に?」
「わ、」

 何もないなんて嘘だなんて、本当は何も知りもしないくせしてね。だから今度は僕がさっきの彼のように。彼の肩をすっと引き寄せて言った。

「一之瀬くん、何処かで昼寝でもしてたの?」
「いや、してないけど」

 それじゃあ一之瀬くんは、もともとこうゆう匂いなんだなんて少し変態地味た台詞だったかな、と言ってから少しだけ後悔した。お日さまの匂い、一之瀬くんはひだまりの匂いがする。僕にはない、温かい。

「……吹雪、俺、」
「ん?」
「うんと、」

 どうしようもないことを言うね。そうして一之瀬くんは僕の腰に腕を回してきゅっと服を掴んだ。

「吹雪は、俺が好き?」
「うん、もちろんだよ?」
「そう、うん、分かってるんだ、ああ、もう」
「……一之瀬くん?」
「ごめん、吹雪。何でもないんだ」

 気にしないで。一之瀬くんはそう言っていつもみんなにみせるみたいな優しい笑顔をした。それでも彼はやっぱりいつもとは少しだけ違った。彼らしくない言動に僕は少し戸惑っていた、そんな時、だった。

(士郎、代われ)

 アツヤがきた。いやだと、やめろと心の中で叫んでも、それはもう無駄なこと。この鼓動すら押しのけて、どくん、どくんと支配される、じきにこの心臓は、アツヤのものになる。

「一之瀬」
「吹雪、?」
「何でもいい、言いたいことがあんだろ?さっさ言えよ」

 アツヤが強引に僕の思考を支配した。そうして彼にさえ強引に。でも彼はそんなアツヤの真っ直ぐな言葉にぽつりと言葉を零しはじめた。話を聞けば、どうやら一之瀬くんが悩んでいたのは、リカさんのこと、僕が彼に送った視線だったらしい。

「実際俺もそうするつもりだったんだ」

 それでも吹雪だけには言ってほしくなかったんだよ、そう言って続ける一之瀬くん。アツヤには言えて、僕には言えなかった彼の本音。泣きそうな声、縋りつくような腕。それでも香る、ひだまりの匂い。

「だって俺は吹雪が好きなんだから」
「……なぁ、一之瀬」
「お前がいう吹雪って、誰のこと?」
「何言ってるんだよ、吹雪は君しかいないだろ?」

僕はいつまでもひだまりの君の手を探している