彼のすべての行動が無意識のものだと土門は分かっていた。無意識の世界から来る無意識の行動。ただそれだけのこと。それに傷ついたという者がいる。仕方のないことだった。でもそれでも笑っていた。一番に傷ついているはずの彼が、笑っていたのだ。

 雨が降っていた。
 すぐに止みそうにはなかった。

(今日の練習は一先ず休みかー)

 ああでもどうせ円堂はあの場所で練習を始めるんだろうけどな。土門はそんなことを考えながら、下駄箱を抜けた場所から手をだした。いくつかの水滴が日に焼けた肌の上へと落ちる。

 土門は部室に置いていた傘を取りに行こうと泥を蹴った。ラッキーと鼻唄まじりの声を小さく出しながらだ。以前雨が降り、帰りには止んでいた時に持ち帰るのが面倒だと置いてきた傘だった。

 しんと暗い部室。
 そういえば鍵を取りに行くのを忘れていた。無駄足を踏んでしまったとため息をつきながら部室の前で制服についた雨を払う。しかしふとドアノブに手をかければ予想だにしなかった。ぐるりとノブが回転したのだ。誰かがかけ忘れたんだろうか。いやでも。

 とりあえずと土門は部室に足を踏み入れる。そこ入ると雨の湿気の臭いと、積み重ねられた汗の、なんとも言えない臭いが嗅覚を支配していった。そして奇妙なことに、部室の中にも点々と雨の色が広がっていることに気づく。
 土門は周りをくるりとみた。

「……あれ、土門」
「一之瀬?」

 くしゃりと濡れた髪。いつもはぴょんと跳ねている一之瀬の栗色の髪は水を含んでしなりと下を向いてしまっている。身を包んだ学生服の黒を更に黒く染める雨。部室の端に、ボールを抱くようにして小さくなる姿。

「何やってんだよこんなとこで」

 風邪ひくぞ。そう言って一之瀬の手をとる。けれど一之瀬はボールを抱えたまま動こうとはしなかった。土門が思ったよりも一之瀬の手は冷たく、血が通っていないみたいに冷え切っていた。

「……お、おいおい、お前いつからここいんだぁ?」
「うーん?さっき」

 土門の問いに丸まりながらも顔をあげ、にっこりと笑った一之瀬。土門はどうしていいか分からずに、頼りない表情を浮かべる。

「さっきでこんなに冷たくなるわけないっしょ」
「じゃあさっきじゃない」
「ああもう、お前なぁー」

 からかうように言った一之瀬に心配してるんだぞと頭を掻きながらため息をつく。そして座ってボールを抱え込んでいる一之瀬の目線に合わせるようにして目の前まで足を進め、しゃがんだ。

「帰らないの?」
「お前は?」
「傘、取りにきたんだろ?」
「おう」
「早く帰りなよ」

(あのなぁ、)

 いきなりこんな状態のお前見せられて帰れるわけないだろう?どんなにその言葉が言いたかったか知れない。けれど土門はまたひとつため息をついた。そんなこと言ったところで、自分では一之瀬の核心に触れられないことを悟っていたからだ。彼は笑うだろう。そして知らない間に自分を取り戻し、また強くほほ笑むに決まっているのだから。

「ボールとふたりじゃ寂しくね?」
「そうでもないよ」
「俺ももう少しここにいる」
「えー……」

 不満そうに言った。どうしていいかわからないみたいに笑った。雨の音はまだ止みそうになかった。それでも冗談めいた言葉しか言わない一之瀬が泣きそうに笑えば、土門はくしゃりと濡れた髪をそっと救うように慈しむように手にとるのだ。そうして呟いた土門の言葉に、一之瀬は瞼を閉じて、うん、とだけ返して、今度は花が眠るみたいに、柔らかく。

「一之瀬」
「……ん」



お前の中の雨がやむまで、俺はずっとここにいるから

「早く雨、止むといいな」