「隣町からきました、粟田謙介っていいます、よろしくおねがいしますっ」

 皆仲良くするんだぞ、そう言った先生の言葉に皆は元気よく返事をしてくれて少しだけ安心する。転校ははじめてじゃないけど、やっぱり緊張はする。四月ってこともあって、丁度クラスも変わった頃だったからみんな初々しい雰囲気で、馴染みやすいなとは思った。粟田ってくらいだからやっぱりなって、廊下側の一番前の席に座らされる。隣には見慣れた顔が合ってこの時が、本当に心からほっとした瞬間だったかもしれなない。

「柑子が隣でよかったぁ〜」

 机にへたれるように身体を預けた俺をみた柑子はふわりと笑ってくれた。

「教科書とか貸さないよ?」
「え!そんなこと言う!?」

 あ、やべ。と思った時にはすでに遅かった。冗談のやりとりでホームルームの途中ということを忘れて思わず大きな声を出してしまった俺。クラスの視線が一斉に集まって、隣にいた柑子はうわぁって軽く引いた目で俺をみた。

「ちょ、柑子!助けろよ!」
「え、やだよ、自分の責任だろ」

 そんなやりとりにクラスに小さな笑いがおこった。見渡すようにみれば、丁度真ん中の列の後ろの方に同じようにもうひとつの見慣れた顔があって、目が合って、やっちったってアイコンタクトをながら苦笑いしたら、口がばかって動いてその時はもう遅い。

 うるさいって先生に頭を小突かれて、転校初日からなんだか目をつけられてしまった気がする。

「まったく、柑子のせいで酷い目に会った」
「僕のせいじゃないだろ」
「自業自得だろ」
「お前までそんなこと言うのか!」
「言う言う」

 休み時間、三人でそんなやりとりをしていると柑子が何かに気づいたように不思議そうに首を傾げた。

「柑子?」
「……そういえば君たちってさ、名前呼ばなくない?」
「柑子って呼んでるじゃん」
「いや、僕のことは呼んでるけど、お互いの名前だよ」

 そういえば、なんて思わなかった。だって自分で気づいていたことだったから。柑子はなんていうか、ちゃんと俺に自己紹介してきて、そんで俺のことも粟田くんなんてちょっと堅苦しい気もするけど柑子らしい丁寧な呼び方で呼んでくれた。だけどなんだろう、俺とこいつはそうなんだ。はじめから当たり前のように“お前”とかって呼び合って、特別あいさつなんてものもしないでここまできてしまったから今更っていうか、気恥ずかしさみたいなものがあったのは確かで。多分それはこいつも同じなんだろうと思ってた。

「粟田くん?」
「え、そんな他人行儀?」
「だって柑子はそう呼んでるだろ」
「柑子はそうゆう性格だからじゃん」
「じゃあ謙ちゃん」
「ちゃん付けかよ。まぁいいけど」
「おーじゃあ決まり。んで?」
「あい?」
「俺は?」
「梨本?」
「人に言っといて自分は名字かよ」
「うるせー」

 柄にもなく照れくさかったなんて言えやしない。その後もしつこく名字は認めないなんて言ってくるもんだからわかったよって言葉を投げつけて。






 拓矢、そう呼んだら、いい子なんて言って笑う。そんな言葉に、胸のあたりがじわって熱くなって、変だった。気づいてたんだよ、気づいてしまったんだ。多分、はじめて会った馴れ馴れしい俺をなんてことなく受け入れてくれたお前の心の広さとか、軽蔑しないでいてくれた優しさとか、心を溶かしてくれる大胆さとかって、きっと本当は凄く尊いものだったんじゃないかって気づいてしまったんだ。