それからしばらくしてのことだ。いつのまにか、木の葉が色づく季節をこえていた。俺は見ていなかった、見なかったんだ、と気づかないフリをした。それを相手が気づいていたかどうかは知らない。

 朝学校に登校すると、謙ちゃんははじめてクラブを休むと言った。何故かと尋ねたら前の親が以前住んでいた家のことでその場所に向かうらしく、それについていくらしい。

「ふーん、そっか」
「うん、ごめんな」
「なんで謝るんだよ、別にお前がいなくたって寂しくなんかないし」

 冗談めかして、にっと歯を見せて笑う。ああ、なんで。なんでそんなふうに泣きそうな顔をするんだ。一瞬、ほんの一瞬も見逃さない。

「うそつけ、ほんとは寂しいんだろ!」

 俺の頭を小突こうとした謙ちゃんの腕を掴む。と、驚いた顔をした相手に笑う。泣きそうな顔なんかするなよ、お前は卑怯だ。そんな言葉を飲み込んで笑ってやった。

「寂しいよ」

 たった一日、それでも。寂しいんだ、俺は。馬鹿みたいに寂しくて、いつのまにか隣にいることが当たり前になったお前がいないだけで寂しくて寂しくて、それだけでこんなにぎこちない笑顔になるんだって分かれよなんて馬鹿みたいに思って唇を噛む。

「なぁ、拓矢、俺さ」

 昼休みの校舎、窓から校庭を見れば吹き抜ける風がカーテンを揺らす。楽しげな笑い声、その中に今日、俺たちの姿はなくて鳴り響くボールの音やそのほかの雑音が沈黙を埋めるように呼応する。







「……戻るんだ、あの家に」

 なんでそんな、いや、なんだそれって笑って言えば良かったんだろうか。言いたいことも、聞きたいことも山ほどあったのに出てきた言葉。あまりにも味気ない言葉。それしか言えなかった。

「……そっか、」

(青空のように爽やかな笑顔でお前は笑う、俺の日常に、炭酸みたいにわくわくするような小さなだけど確かな光をちらつけせて。そうしてきっと気の抜けたサイダーのような日常を俺は過ごしていくんだろう)