ゆっくりと伸ばされる手。頬に触れる指を拒む理由等なく、甘受する。誰にでもするわけではなく、それは他でもない、目の前のお前だからだ。黒い、さらりとした髪が重力に導かれて、頬に落ちて。くすぐったいなんてかわいい感覚ではないと感じる、歯痒い。

「真ちゃん、何、考えてんの」

 落ちてくる声は、細い。儚くて消えてしまいそうに思えたのは、俺がこの感情の扱い方に長けていないからだということはなんとなく分かっている。消えてしまいそう、などでない。消してしまいそうで、怖いなんて言えるはずもなく、小さく、小さく息を吐いた。

 考える事を止めてしまえばきっと楽なのだろうと、そう思う。それにそれはきっと正しい。しかしそれは同時に諦めることでもあった。


その声を、
その表情を、
その温もりを、
その手のひらを。


 無くしてもかまわない。口は簡単に言える。それこそ総てを失うだろう。けれどそれは本意ではない。

「真ちゃん」

 その呼び名で呼ぶな。何度言っても、彼は笑って俺の名を紡ぐ。心地良いと思うようになったのはいつからだろう。心が軋むようになったのはいつからだろう。その声を、大切に宝箱に閉じ込めて置きたい、と。そう思うようになったのは、いつからだっただろう。

 衝動に任せて、投げやりにお前を引き寄せればどうなる。抱き寄せればどうなる。思考よりも先に身体が動くなんてそんな事では野生の動物の様できっと自分らしくない。それでも何より大切にしてきたこの左腕でお前に触れたなら、少しは伝わるだろうか。俺がお前を大切に想っているのだという事が伝わってくれるだろうか。

 人事を尽くす、迄には至らないだろうけれど。

 伸ばされた手のひらをやわくはらった。目を瞬かせる彼の唇に手を伸ばして、触れる。何度も触れたことのある唇。こいつの唇しか知らない俺は、彼の唇が他人と比べて柔らかいのかどうかなんて、きっとこの先知る由もないのだろう。

「なぁ、真ちゃん、」

 動いた唇と指先が少しだけ距離を持つ。

「何考えてんだよ、俺のことだけ考えててよ」

 そんなふうに言うくせに、やたらと潤んだ彼の瞳が髪の間から覗いて光っても、表情までは読み取れなくて。

「って、言おうとしたんだけど」

 涙が指先に落ちた。

「なんだよ、これ、」

 そうして抱きしめたのは衝動だった。思考を塗りつぶして身体が疼いた。「真ちゃん、ずりぃよ」呟く彼を頭から引きよせて、胸に抱き止めれば崩れ落ちる彼の背中を受けとめる。

「こんなの、」

 温かい雫が服を濡らす、心臓に近い当たりが温かくなって、やがて冷たくなっていくその感覚に、頭がおかしくなりそうだった。

「……俺のことばっか考えてんじゃん」






(ただ、静かに)

 泣いている癖に。彼がくすりと笑ったのが分かって、「ばかめ」と小さく呟く。照れるなよという言葉に、照れるだろうと返せば押し黙った彼の耳が心なしか赤く染まっていた。