掴まれる胸ぐら、引き寄せられて。瞼を硬く綴じる。殴られると思った。理由も心あたりもないけれど何か彼の気に障ることをしてしまったのだろうかと思考を巡らせていると。

 唇を塞がれた。

 元よりするつもりもないが、抵抗する暇もなかった。押し当てられた唇の隙間を舌で押し開かれて口内を撫ぜられると痺れるような感覚に腰が砕けそうになるをもう片方の手で抱きかかえられた。

 額を合わせるようにして唇を離される。鋭い視線に捉えられて、心臓が壊れそうなくらい脈打った。どうにかなりそうで重なる視線を横に反らした。

「……だらしねぇな」

 満足そうに笑うその表情にまたもっていかれそうになる。そんな表情は卑怯だ。

「……なんなんスか」

 今日のあんたは狡い、そんな表情に勝てるわけがないと言えばより一層くしゃりと笑った。

「馬鹿かてめぇは。お前がいつ俺に勝ったよ?」
「……っ、」

 耳元で呟かれる声にぞくりと震えて、みじろぐとそのままソファに押し倒された。どんだけ肉食なんだあんたはと叫びたくなる程の野獣オーラに、引きながらもときめいてしまっているのだから自分も重症だと自嘲。

 憧れを掴む。肩を掴んで引き寄せる。自分の胸に抱き込むように後頭部を抱えた。温かさに震える。息遣いも、心臓の音も、この腕の中にあるのだと思うと、どうしよもなく震える。

「きせ」

 幸せ。なんて噛み締めて持ち上げられた表情は気怠い。

「ぬるいわ。お前」

 ハ、と口端をつりあげて笑われる。

 心臓は跳ねる。けれどそれは身体が勝手に反応しているだけであって、心の底から喜んでいるならそれはただのドMだろう。気に入らない、と起き上がった彼のシャツを握り込んで褐色の肌に軽く吸い付いてから鎖骨に歯を立てた。抵抗はなかった。びくりと震えると同時にくしゃりと握りこまれる髪。痛いと文句でも言おうかと顔をあげればギラついた瞳が軽く潤んで、それでもどこか嬉しそうで。







「ったくこのへたれ野郎。スイッチ入んの遅ぇんだよバァカ」
「あんたが押してくれんの待ってんスよ」
「ハ、生意気」
「まぁ、余裕ぶってんのも今のうちってことで」
「さっきまでひとりでえろい面してた奴がよく言うぜ」
「噛まれて嬉しそうにしてたあんたに言われたくねーんだけど」