夏に焦がれる | ナノ
[夏に焦がれる]

※来神門静




 それは、ある夏の日のこと。
 公園のベンチに腰掛け、静雄はまだ少し幼さの残る顔を鬱陶しげにしかめていた。暑い、とぼやいた通りに、日差しは頭がおかしくなりそうなくらいに強い。だらだらと皮膚を伝う汗も、馬鹿みたいに鳴き狂う蝉も、ただただ暑さと苛立ちを煽るばかり。
 ふと、校舎で勉学に励んでいるであろう生徒達に思いを馳せる。いつもならサボりなどという真似はしないのだが、少し魔が差した。大した理由がある訳でもない、ただ、暑かったからだ。けれど、サボっても暑いのなら大人しく出席すれば良かったか、と少しばかりの後悔が過った。
 あー、と意味もなく声を発する。

 「あれ」

 声のした方をぼんやりと見遣ると、同級生の門田がコンビニの袋を引っ提げて立っていた。彼は可笑しそうに顔を歪めると、静雄もサボリかよ、と笑いながら静雄の隣に腰を下ろす。

「暑いとやる気出ねぇよなぁ」
 「ん……」

 気だるげに相槌を打ちながら、静雄は内心穏やかでは無かった。二人きり。隣。そんな些細なことが、静雄の熱を容易に上げる。脈が速くなったのが自分でもよく分かっていた。まさかこんなに動揺するとは。
 そんな静雄の気持ちを知ってか知らずか、門田は持っていたコンビニの袋を漁ると、アイスを取り出していた。ちょうど、二つに分けるタイプのもの。溶ける所だった、と言いながら彼はそれを二つにすると、片方を静雄に差し出す。

 「ほら、やるよ」

 さんきゅ、と静雄は短く礼を言って受け取った。受け取る時に僅かに触れ合った肌に、柄にもなくどきどきする。一瞬が、たまらく愛しい。
 そういえば、と門田が口を開いた。

 「静雄は岸谷のことは名前で呼ぶよな」
 「……おう」

 突然出てきた幼い頃からの友人の名前に首を傾げながらも、静雄は頷く。

 「じゃあ俺のこと門田って呼ぶのは何でだ?名前は?」
 「え、あ、いや……」
 「無理強いするワケじゃないが、やっぱり寂しいっつーか、アイスを分け合うくらいの仲なんだからよー」
 「アイスって何だよそりゃ」
 「誰かがアイスを分けたらダチだと言ってた……気がする」

 馬鹿だろ、と静雄が笑うと、門田もつられるように笑った。その笑顔が、静雄は大好きであったし、ずっと見ていたいものであった筈なのに、今はただ、苦しくて苦しくて仕方がない。馬鹿なのは、自分だ。

 「そろそろ帰るわ」

 門田がそう立ち上がった。また明日、と手を降り去っていく後ろ姿に、小さく言葉をかける。



 きょうへい



 壊れそうなくらいに小さな声。けたたましい蝉の鳴き声に掻き消されたそれは、確かに静雄の想いであった。馬鹿な男の、ささやかな純情であった。誰も笑うことなど出来ぬ、一つの恋情。
 想い人の名を呼ぶことすら出来ない臆病な恋を、夏がじりじりと焦がしていた。







主催企画に提出。

2011.07.05 唯人
- ナノ -