美しき日々。<1>

3




 俺達の間に流れる空気がつめたくなったのと、宇都宮に指差されたごみ箱がガタリと不審な音をたてたのはほぼ同時だった。

「ねえ、シュウ、いまさぁ・・・」
「言うな、俺が確かめる。」

 頬に汗が伝ったときだった。
 つい今の今まで視線を集めていたごみ箱から一人の少女が飛び出し、うひょひょ(訳出不可)という奇声をあげて俺達とは反対の方向に駆け出していったのは。

「まっ・・・!」
「待ってください!」

 一瞬判断が遅れた俺より先に宇都宮が追う。その走りは大人しい見た目を大いに裏切る俊敏さで、着実に吉野を追い詰めていった。

 ていうかあいつ男の俺より平気で速いんじゃないか? 爆走だ。爆走の宇都宮だ。




 吉野が爆走の宇都宮に捕まって引きずられてくるまでの時間はそう多くはかからなかった。首根っこを掴まれ、何かに怯えるように俯いているその姿には若干の憐れみを覚えたしその気持ちもわからないではない。爆走の宇都宮ヤバイ。

「さて、じゃあ今までの奇行の理由を教えていただこうか。」
「あうー・・・。」

 吉野はまるで借りてきた猫のように大人しくしており、今までの奇人ぶりが嘘みたいである。・・・うん、借りてきた猫っていうのは言い得て妙というか、そう考えたら可愛いかと思ったけど流石にそんなことはなかった。

「どうなんだ?」

 依然だんまりを貫く吉野は、それでもなにかしらの言葉は返さなければならないと考えているようで、もごもごと口を動かしている。その様子を見ていると少しずつ可哀相に思えてきた。まるで俺が虐めているようじゃないか、と。だが俺としても引けないし・・・。


「あのね吉野さん。シュウは怒ってるんじゃなくて困ってるんだ。君の行動の意図がわからないからさ。僕としては見てて面白いんだけど、人を困らせるのは良くないと思うよ。」

 助け舟を出す気があるのかないのかわからないユータの言葉。大方あってるが一部聞き捨てならないような発言があった気がする、気づかないフリをした。

 さてそんな俺とユータの微妙なやりとりの間に吉野の決心はかたまったらしく、若干上擦った声であのね、と切り出した。

「あ、あんまり引かないでね。」
「おう」

大丈夫もう手遅れだから。

「学校が始まって、もうしばらくたったでしょ」
「おう」
「それでみんなの様子を見てて、高梨君楽しそうな人だなぁって思って」
「お、う?」

おかしいな、そんなのは初耳だぜ。

「だから、その・・・」

 いよいよ核心に至るというところでやはり口ごもってしまう。よほど恥ずかしい理由なんだろうか。俺の後ろではユータが、吉野さん頑張れーなどと言って握り拳を作っている。なんだあいつ楽しそうだな。

 そして吉野は、俺がユータに気をとられている隙に意を決したらしくキッと向き直り叫んだ。

「か、構ってほしいなって、思ったの!」
「・・・・・・へ?」


 驚愕した。
 告白はもちろんだがこのようなことを言われたのも生まれて初めてだった。そんな理解が追いつかない俺の様子をどう受け取ったのかは知らないが吉野は繰り返した、構ってほしかったと。

 う、ううん・・・困った、どうしたらいい?

「それで、俺はどうしたらいいんだ?」

 動揺を隠そうと俺は努めて冷静に本人に直接聞くという作戦に出たが自爆だった、俺は馬鹿か、さっき言ったじゃないか、構ってほしいって。

 ・・・・・・助け舟ヘルプ!

「あはは、じゃあ吉野さんとシュウは友達になるってことでオッケーだね!」
「え?、でもいいの?」
「もちろんさ!」

 待ってユータ助け舟はありがたいけどそれ俺の判断。

「ね、シュウ、それならいいでしょ?よくわからない人じゃなくて友達が変なことしてるんだったら、そんなに気にならないし」
「お前は俺がいきなり目の前で半裸で踊りだしたらどうするんだ?」
「いやそれは気持ち悪いけどさ。吉野さんはシュウに、構ってほしいって思ったんだよ?だったらそれに応えてあげるべきじゃないかなあ」

 べきかはどうかは知らんがな、ふうむ。確かにこちらとしても友好的な知り合いは多い方がいいが、それを手に入れるのと引き換えに俺が被る可能性があるもの(奇行被害とか奇行被害とか奇行被害とか)のことを考えると少し憂鬱な気分になる。


 なんとなく吉野の表情を見た、不安げにこちらを窺っているのがわかった。・・・そんな顔するなよ。

「わかったよ、ユータの案にのってやる」
「ホント!?」

 パッと明るくなる吉野の様子に、なぜだか救われた気分になった。

「ああ、停戦だ。仲良くしよう。」
「うん・・・うん!ありがとう!」

 続けてユータや宇都宮にも礼を言う吉野をながめながら思った。なんだこいつ、変顔とかじゃなくて、普通に笑えるじゃねえかって。



 以降、俺達四人はなにかと行動を共にすることになる。






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