美しき日々。<3>

3



「や、シュウ。おはよう」

 今日も今日とてドア前ででくわして、へらりと笑顔を向けられる。

「おはよう、昨日はどうだった?」
「最高、みんないい人だったし、思った通りのとこだった」

 言いながら駆け寄ってくる、相変わらず元気なことだ。

「てことは、入部するんだな?」
「そうそう。だからシュウ、これから帰るとき一人だね、ごめんねぇ」

 うふふ、と笑う。ちくしょうこいつ煽ってやがる。よろしい、ならば戦争だ。ここに第うん百次目の開戦を宣言する。そう、よくあるのだこういうことは。そしてこいつは、そういうやつなのだ。



 お決まりの文句を繰り返し、笑顔で牽制球を出し合ううちに気がつけば学校に着いていた。というのもお決まりの出来事なのだから恐ろしい。
 席につき、チャイムの音に耳を傾けながら教室に滑り込むクラスメイトと例のアレを一瞥して(つまり本日の俺の平穏はここで終わる)、現状、まあまあ日常だなあと思う。


 ああ、そういえばこんな恐ろしいことを聞いたんだ。

「えーっ!?、ヒメ、剣道するの?」

 見てくれこの字面だけでも震えが止まらないこの事実を。さらに、この話はこう続くんだ。

「うん、もともとしていたのもあるし、部内の雰囲気もとても良かったから、続けようかなって」

 もともとしていた、恐らくは中学の部活か道場にでも通うかしていた剣道経験者ということだろう。なるほど、宇都宮から度々感じていた謎の威圧感にもようやく合点がいった。そして痛感する。そう、これは事実なんだ。宇都宮に対して馬鹿な真似は絶対にしないでおこう。いや、それ以前にする気はなかったが。

 ちらりと横を見れば、この話題を引き出した張本人であるあのアホ女も縮み上がっている。さっきまで俺に向けてエノコログサをひらひらとさせていた人物と同一とは思えないな。ていうかあれどこで拾ってきたんだ、そもそも季節が合わねぇ、不思議すぎる。


「わぁ、ヒメ剣道してたんだ、かっこいいね。」
「ううん、そんなこと…。」

 続いて幼馴染の攻撃。なんだお前ら仲良さげだな。幼馴染の相変わらずのコミュ力と、かすかに感じ取れたいわゆるフラグ臭というやつに、俺は思わず体を震わせてしまった。エノコログサ同様、いったいどこで身につけてくるんだろうな、そういう能力は。



 などということもあり、俺の身近の人間はなんだかんだと部活動を始めるらしいことがわかった。ユータは軽音部、宇都宮は剣道部。エノコロ娘は相変わらずよくわからん。
 やつらは俺たちと同じように過ごす日常の他に、もう一つ世界を持とうと足を踏み出したわけだ。幼馴染は、宇都宮は、その他大勢の踏み出す足をもつ勇者たちは、そこにどれだけの価値と覚悟を定めたのだろう。実に尊敬するよ。ああ、尊敬して、見上げるだけだ、俺は。


 そうして俺は、いつまでたっても踏み出した先を知らないまま。






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