美しき日々。<2>

高梨修也の苦悩



 ああ、頭が痛い、とてつもなく痛い。

 季節の変わり目にはよく風邪をひくという。背筋も凍るような思いをするという点ではたしかにそうなのかもしれないが、これはそんな風邪なんて甘いものではない。もはや病気の域だ、俺がではなく、あのアホが。


 先の一件よりある程度収束すると思われたあのアホ、吉野茜の奇行はむしろ苛烈を極めた。いまこうして俺が話している間にも奴は俺の数m後ろで反復横跳びを続けている。

 どうしてこうなった、なにがいけなかった。
 考えれば考えるほど頭痛はひどくなっていく、ついには家族に心配されるほどに。アホみたいな夢も見たし。全部奴のせいだ。

 俺にできるわずかな抵抗と言えば奴の奇行に反応しないただこれだけである。一応効き目はあるようで、実際今も奴は引場を失ったまま反復横跳びを繰り返し、結果ぜえぜえと息を切らすこととなった。やっぱりアホだと思う。

 とはいえ、相手にしないというのは奴の奇行を止めるためにはあまりにも消極的な作戦であり、奴に奇行をきっぱりと止めさせる決定打にはとてもじゃないがなりえない。そもそもこんな根競べに付き合わされている時点で俺の負けなのだ。まあ勝ち負けの問題ではないが。



「で、俺はまたしても窮地に陥っているわけだ」
「君は本当に苦労してるね」

今日も今日とて俺、高梨修也は、幼馴染の長押優太とともに頭の痛い放課後を過ごしていた。いや、微妙に違うな、頭の痛い放課後を過ごしているのは俺だけだ。なぜなら机を挟んだ向かいに座るこの男は、今の俺の状況を最高に楽しんでいるのだから。積年の絆とはいったいなんだったのか。

 件のアホは息を整えるために一度教室を出ていった。ようやく俺のもとに静寂が訪れたようだ。右手に収まったカップコーヒーは俺の疲れを癒すようにじんわりとしたぬくもりを伝えてくる。いつの間にか降り出していたのだろう、小うるさい足音に代わるように雨が窓を叩く音がぱたぱたと耳についた。傘、持ってきてたっけな。



「でもなー」
「ん、どうした?」
「いや、僕の気のせいかなって思うんだけどね。なんかちょっと不自然な感じがするんだよね、彼女」
「不自然、そうか?」

 俺にはいまいち思い当たる点がない。最近余裕がないから(理由はいわなくてもわかるな?)気づけていないだけなのかも知れないが。こういうことに関しては、この幼馴染の言葉はかなり信用できる。俺も少し注意を傾けてみよう。


「そういえば、明日から仮入部期間だね」
「あー、そんなんもあったなそういや」

 完全に忘れてたよ。最近余裕が以下略。

「シュウは、部活はなにか決めた?」
「いまのところはまだだな」

 というか、そもそも入るかどうかすらわからん。この城前高校は大変部活動が盛んであるが、決してそれらを義務づけられているわけではない。生徒の諸々の事情、主に学業を考慮してのことだろうが、俺のような宙ぶらりんを好む人間にはありがたい話だ。

「そういうお前は軽音か?」
「うんそうだよー、よくわかったね」
「文クラ発表であんなに食い入るように見てたらそりゃあな」
「だよねー、あはは」

 文クラ発表とは、正式には文化系クラブ発表会といい、入学後すぐに行われた全クラブ参加の勧誘オリエンテーションとはまた別の、文化系クラブだけの発表会のことだ。まあ発表会といっても、普段よりは少し勧誘向けな活動をしている各クラブを、新入生が適当に見学して回るというだけの簡単なものだ。
 その際、俺とユータは一緒に見て回ったのだが、時間のほとんどはユータの軽音部見学に費やされた。ユータは音楽が好きだし、楽器の扱いもそれなりに長けている。そんなユータが軽音部に入部するだろうと考えるのは順当なものだろう。明確にやりたいことがあるというのは羨ましい限りだ。




「さて、今日のところはとりあえず帰るか」
「そうだね、雨、待ってても止まなさそうだし」

 荷物を持って立ち上がった俺が空になった紙コップを捨てようとごみ箱のふたを開けると、すでに奴が中に入っていた。


 ・・・お前は魔法使いかなんかなの?





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