死に至る巨体



 「ソイツ」はとてつもなく巨大だった。
 身長は2m20cm、名は据内富丈(すえうち とみたけ)という。バスケ部に所属し、実直な男としてクラスの中でも人望を集めていた。

 どちらが苗字なのかわからないソイツは真っ直ぐな奴だった。決して自分を曲げない男だ。とにかくデカくて自分を曲げようとはしない男だったのだ。


 そしてある日、悲劇は起きた。
 普段俺たちが使用する校舎は床から天井までの高さおよそ3m、扉も2m50cmはある。そのためにいままで回避されてきた事件が起こったのは旧校舎でのこと。

 一歩入れば別世界というようなそこはロマネスク建築を思わせる上部が丸みを帯びた大きな窓をもち、木造部分と石造部分を併せ持つ古き良き建築物といった感がある。聞いた話によればこの建物は戦前からあるらしく、その文化的な価値から取り壊されないまま、しかし耐震上の問題から生徒があまり近づくことのない特別教室として、この城前高校の隅にひっそりと佇むこととなったようだ。


 さてそんな旧校舎の床と天井までの高さはというと、廊下教室2m30cm、そして扉はわずか2mしかない。この旧校舎は、その小振りな外観の通りのとんだ懐の狭い野郎である。自分でも何を言ってるのか正直よくわかっていない。

 そこへ俺たちのクラスが、そして据内が足を踏み入れることになったのは5月末のなんてことはない授業の一貫で、たまたまいつも利用していた教室が使用できなくなってしまったために急遽この特別教室を使おうということになったのがすべての始まりであり終わりであったのだ。



「据内君、頭ぶつけない? 大丈夫?」

 幼馴染のユータ、長押優太(なげし ゆうた)が隣で据内に声をかける。決して自分を曲げない据内は首を縦に振ることも横に振ることもなく、ただ小さく、ああ、と返した。その後もそっかーでも大変だねーと会話を続けようとしたユータは次の瞬間目を大きく見開くこととなる。というのは


「据内!」

 クラスの誰かが声を上げた。据内が自分の身の丈よりも低い位置にある扉の上部を潜らず、そのまま強かに激突したからだ。驚くべきはぶつかってなお痛がりもせず直立姿勢を保ったまま歩みを進める据内と、その代わりというように木端微塵にはじけ飛んだ扉の上部、その様子である。なんだこれ。俺はごしごしと目元をぬぐったが目の前の光景は何一つ変わらない。それは何かのドッキリのようだった。

 俺は呆然とする頭を必死に動かした。なぜ屈まなかった。あいつは話しかけるユータに目もくれず、ただ前だけを見ていたはずだ。ただ前だけを。そこまで考えて俺はすべてを理解した。据内富丈、彼は決して「自分を曲げない」男だったのだ。


「据内ィー!」

 クラスの全員が悲鳴を上げる。
 教室内への侵入を果たした据内は、またしても自分を曲げることなく、天井からたれ下がる鉄の棒−授業用資料を吊り下げるためのものだろう−を弾き飛ばした。


 思考が追い付かない、奴はいったい何をしてるんだ。ていうかそもそも自分を曲げないってなんだよアホかよ。俺はいよいよ混乱から抜け出せなくなってしまう。誰かこの状況を説明してくれ、神にでもすがりつきたい気分だった。


「あっ、ま、まって・・・、このままじゃだめだ」

 今度は隣にいたユータが叫んだ。その視線の先にあったのは据内の進行方向にでかでかと設置された黒板、ではなくその目の前に横たわる高さ15cmほどの教壇だった。そう、2m20cmの決して自分を曲げない男が、2m30cmしかないこの教室で、15cm高い床の上を通ろうというのである。

「やめろ据内、屈め、屈むんだ」

 続いて叫んだのはいったい誰だったのだろう。そんなことに気を回す余裕もなく、俺たちは数秒先に起こる未来に涙を流した。決して自分を曲げない据内は、きっと此度も自分を曲げることなく直進し、ごりごりと自らの頭蓋を天井に引きずり、その摩擦によって生まれた熱はこの木造の旧校舎をなめつくす業火を生みだし、やがて学校中をはしった炎は地球を著しく暖めてしまうことに成功し各地で少し早めのクーラーの活躍が見られシロクマが半泣きになり諸々の因果で桶屋が儲かり果てには南極の氷がとけ世界は海に沈んでしまうことだろう。据内のゆったりとした足音は、崩壊への序曲であった。


 誰もが据内を止めようと駆け出したが、突如アニメによくある謎に長い床が俺たちと据内を引き裂き、俺たちをあざ笑うかのように遠ざける。

 そのままついに、「彼」の右足が教壇との運命の出会いを果たした。

「やめろー!!」

 喉が張り裂けんばかりに叫んだのとともに伸ばしたこの右手は、据内の背中と、俺自身の未来を取りこぼし、代わりに掴んだのは確かなる「絶望」であった。

 そして、世界は破滅を迎えた―――




「・・・と、いう夢を見たんだ」

「シュウ、君さ、疲れてるんだよ・・・そもそも据内くん、2m無いでしょ・・・?」



 ですよねー。







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