いつかの未来の小さな翼
わたしたち調査兵団の仕事は壁の外で巨人と戦うことだけではない。もちろんそれが調査兵団の主たる目的であるが、戦場で命を賭して戦い命を落とした兵士の遺族へ、遺品があればそれを、何も残らなくてもその事実を遺族へと伝えるというのもまた、調査兵団の仕事であるのだ。
特に幹部であるわたしたちは、その仕事をするために街へ出て遺族を回ることも多い。
そして今日もわたしはその仕事のために、街へと出た。
****
「おとうさんは、いつ帰ってくるんでしょうねー?」
リリーに話しかけると、リリーは首をかしげた。
リリーは大切な大切なあたしのお人形さん。
あたしのおとうさんは兵隊さんで、いまはおかあさんとリリーとあたしの3人でお家に暮らしてる。
最近のおかあさんは、なんだか時々悲しい顔をする。おかあさん、どうしてそんな悲しい顔をするの?
リリーとあそんでいると、お家のドアがノックされた。おかあさんがすぐにドアを開けると、そこにはお人形さんが立ってた。
キレイな銀色の髪の毛と、見たことないような青色の目を持ったお人形さん。そして赤いリボン。
キレイなお人形さんはキレイなドレスは着ていなくて、おとうさんと同じ兵隊さんの服を着ていた。おかあさんは悲しそうな顔をして、そのお人形さんをお部屋に入れた。
そしてお人形さんはおかあさんに言われてソファーに座ると、布切れを取り出した。それは、兵隊さんが着てる上着と同じ羽のようなマークのついた布切れ。
おとうさんが着ていた服にも同じマークがついていた気がする。
その布切れを見たとたん、おかあさんは顔をおおって泣き出した。
「そん...な...。どうして.....っ。
...あの...、旦那は...っ、あの人は...っ、人類の...!役に立てたのでしょうか...っ!」
おかあさんはボロボロと涙を流しながら、お人形さんにそう言った。今まで何もしゃべらなかったお人形さんは、ようやくお話した。
「...はい。
彼は...、人類のためその責務を立派に全う致しました。彼は我々にとっての誇りです」
きれいな声。透き通るみたいな、でも小さな声じゃなくて周りに響く声。
そうして、おかあさんはまだ泣いていたけれど兵隊さんは立ち上がって部屋を出ていこうとする。
「わたしはこれで...。失礼します」
「はい...。
小さな兵士さん、どうか貴方もご無事で。これからも人類を守ってください」
「お心遣い感謝致します」
そんな難しいことをお人形さんはお話して、握った手を胸に当てるポーズをして出ていった。
ねぇ、おとうさんは?どうして、おとうさんの服と同じ布切れがあるの?
そう聞きたくて、わたしはあのお人形さんを追いかけた。お家から出て、少し走っているとお人形さんはいた。
「お人形さん!」
そう声をかけると、お人形さんは振り返ってびっくりした顔をする。
「きみはさっきの...。
どうしたの?何か用事ですか?」
お人形さんはしゃがんでわたしの目線に合わせてそう聞いた。
「うん。
あのね。おとうさん、もう帰ってこないの?」
そう聞くと、お人形さんは少し悲しい顔をして下を向いてからまた顔を上げた。
「...そうだよ。
きみのお父さんは、みんなを守るために立派に戦ってくれたの。きみや、きみのお母さんを守るために。
ごめんね。辛いよね」
「おとうさん...もう、いないの?帰ってこないの?」
「.....そうだよ」
おとうさんは、もう帰ってこない。
「.....なんで?なんでおとうさん、帰ってこないの?」
「それは...。
巨人に食べられたから」
「おとうさん...っ、巨人に食べられたの...?
うっぅ...おとうさん...会いたいよ...ぉ...っ!」
かなしくて、かなしくて、お人形さんの前でわたしは泣いた。泣いても泣いても、かなしい気持ちはなくならない。
でも、そんなわたしの手をお人形さんがにぎった。
「...ごめんね。
でも、約束するから。必ず、わたしたちは巨人を絶滅させる」
「...っほんとう?」
「うん。本当。約束する。
...だから、泣かないで?」
お人形さんは優しい顔をして笑った。その顔はとってもきれいで、わたしは少しぼうっとしてしまった。
「わたしも...一緒に巨人をぜつめつさせたい...!」
そう言うとお人形さんは今度は困ったような顔をして笑った。
「ありがとう。
きみがもう少し大きくなったその時は、調査兵団で待ってるよ」
「ちょうさへいだん?」
「うん、調査兵団。
調査兵団はね、巨人を絶滅させたり、みんなを守るためにあるんだよ」
「わたしも、ちょうさへいだん入る!」
「うん!待ってるね」
「お人形さん、ありがとう。
あと、がんばってね」
「こちらこそありがとう。
それと、わたしは『お人形さん』じゃないよ。ナマエって名前があるんだよ」
お人形さんは、お人形さんじゃなかったみたい。
たしかに、お人形さんの手はあったかい。おかあさんの手と同じ。
「そう、なんだね!ナマエお姉ちゃん、ありがとう!
わたし、ちょうさへいだんに入るためにがんばるね!」
「うん!それじゃあ、元気でね」
ナマエお姉ちゃんは、握っていたわたしの手を離してから立ち上がって、頭をやさしく撫でてくれた。
そして、バイバイ、と言って手を振って帰っていった。
いつか、わたしも。
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