短編 | ナノ
誓いの輪は水底に
真っ白な部屋と窓から見えるのは青空と揺れるカーテン。そんな白と青のコントラストの中、小さな箱につけられた扉がゆっくりと開かれる。
「また来てくれたんですね...リヴァイさん」
「...あぁ」
愛想がいいとはお世辞にも言えない彼に私はクスリと笑う。
「お勤めご苦労様です。今日も大事な方のお見舞いですか?」
「...そうだ」
「その方の具合はどうなんですか?そろそろ退院できそうですか?」
「もう少しで退院できると聞いた」
「そうなんですね、よかった。私もそろそろここを出なくてはいけないんですけど...、何せ身寄りもないので。ふふ、どうしましょうね」
私が冗談混じりに笑うとリヴァイさんはしばらく間を開けてから、笑い事じゃねぇだろう、と言った。
こんなやり取りはもう日課だ。リヴァイさんは『大事な方』のお見舞いと一緒に私のとこへも来てくれる。彼との出会いの話となると、時間は少し遡る。
私は少し前の、ウォール・マリアが巨人に突破された時に飛んできた瓦礫に頭をぶつけ、動けなくなり巨人に襲われかけた。その時に助けてくれたというのがリヴァイさんらしいのだ。私は気を失っていてその時の話をされても全く覚えていなかったけれど。
ただリヴァイさんと会ったのは、院内で私がリハビリも兼ねて院内を歩いていた時、リヴァイさんに部屋番号を尋ねられて答えてから、こうしてお話する仲になったのだ。話しかけてきた人が、まさか自分を助けてくれた人だなんて誰も思わないだろう。
そんな出会いをきっかけにリヴァイさんは『大事な方』のお見舞いがてら私のところへも通ってくれるようになったのだ、それも毎日。
そんなことを思い出しているとリヴァイさんの左の薬指にはめられた鈍くも綺麗に光っているシルバーリングに目がいく。
「それ...」
私がシルバーリングを指さすとリヴァイさんはリングに目を向けてから、なんだ、と言わんばかりの目をして私を見た。
「それ、もしかしてお見舞いに通っている大事な方とおそろいのリングだったりするんですか?」
「.......あぁ」
リヴァイさんは短くそれだけ応えて、はめられたリングを愛おしそうにするりと撫でた。
「そろそろ戻る。邪魔をした」
「もうそんな時間なんですね。毎日通っていただかなくてもいいのに」
「いや、あいつが...退院するまでは話し相手になってくれ」
「リヴァイさんがいいのでしたら、私は全然構いませんよ。明日も待ってますね」
「あぁ」
そう言ってリヴァイさんは席を立ちあがった。私は部屋から出ていくリヴァイさんの背中を静かに見守っていた。
▲▼
調査兵団本部に戻った時、ハンジに声を掛けられる。
「また...病院行ってたの?」
「あぁ」
「リヴァイ、もう行くのはやめた方がいいんじゃないか...?わかってるだろ?彼女はもう」
「わかっている。だが、その事と俺が病院へ行くことに関係性は無い」
「...まぁ、無理して止めることはしないけど...。苦しむのはリヴァイの方だよ。彼女には新しい人生を歩ませるべきなんじゃないか?」
▲▼
次の日、リヴァイさんがそろそろ来る時間になるがその前に、ここを出なくては行けない時のために荷物の整理でもしておこうと思いたった。
別に体が不自由なわけではなかったのだが、どうしてか私物を見る気になれなかったというか、そんな気持ちで入院してきた時に身にまとっていた服を看護師さんが棚にしまってくれた時から見ていない。
「そろそろ確認しないとね...」
そう独り言を呟いて病室のベッドから起き上がる。そして私服が仕舞われている棚に取っ手を掛けて、それを手前に引いた。
そこには当時身にまとっていたであろう、ワイシャツが仕舞われている。
「...こんなワイシャツ、持ってたかなぁ」
身に覚えのないワイシャツを手に取り引っ張り出す。目の前に持ち上げて広げると、やはり見覚えがなくて首を傾げる。
するとふわりと優しい匂いが広がった。その香りは懐かしいような、知らないような、けれども愛おしいような、思い出せない記憶の端で心はまるで思い出せと言っているかのように私を揺さぶる。
その時広げたワイシャツから何かが落下し、カツンカツンと音を立てて転がっていった。
「何が落ちたんだろう...」
落ちた物を探し、歩いているとベッドの下にあるのを確認できた。ベッドの下に手を突っ込み取り出す。
「.....リング?」
それはリヴァイさんが付けていたものとそっくりのシルバーリングだった。まさか、リヴァイさんがここに入れて行ったわけではないだろう。
昨日帰る時には確かにリヴァイさんの指にはリングがはめられていた。じゃあどうして私の荷物の中にこれが...?
わけもわからずリングを手に取り光に透かしてみる。色んな角度から見てみると、リングの内側に目が釘付けになった。
「え...?どういう、こと...?
………リヴァイ...?」
リングの内側に刻まれた『リヴァイ』の文字。
その文字に体が凍ってしまったような感覚に陥る。身に覚えのないリングと、その内側に刻まれた文字。そして、毎日私の病室に通ってくれる彼。
もしかして...私は...何か大切なことを忘れている...?
その時、頭に激しい頭痛が襲う。
「いッ.....!」
あまりの痛みに頭を抱えた瞬間、まるで走馬灯のように何かが駆け巡る。病院でしか見たことのないはずの、リヴァイさんの顔が、見たことないはずの巨人の姿が、飛んできた瓦礫が私を襲った後、薄れゆく意識の中で私の瞳には彼の苦しそうな表情が映し出されていた。
.....そうか。
「思い.....出した...」
私は...、ただの市民じゃない。
私は、私は...調査兵団だ。そして私の傍にはいつも、リヴァイがいた。
涙が一筋頬を伝う。すると、病室の扉が開かれた音がした。
「おい...、なまえ...!?」
床に座り込んだままの私の姿を見てリヴァイは焦った顔をし、私に駆け寄る。
そんな彼にまた涙が止まらない。
「おい、どうした...。
.....!
お前、それは...」
彼の目が私の手のひらにのせられたリングを捉えた。
「思い出したよ...、全部、ぜんぶ。
ごめんね...、時間かかっちゃって...っ。
ただいま...っ、リヴァイ...っ!!」
ワイシャツと同じ匂いが香る、愛しい彼の胸に飛び込んだ。
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