短編 | ナノ
溶ける音がした 


社会人になってから、わたしの生活は仕事中心だ。そりゃあもちろん、恋に現を抜かすたことも少しはある。少しは。

私は一般的に言えばそれなりにいい、という仕事で言ってしまえば世間的なサラリーマンより収入が良い。私自身この仕事を気に入っているし辞めるつもりなんて毛頭ない。

そんな私が恋に現を抜かしてまで付き合っても、結局は別れる。それはなぜか。

別れる前に必ず言われるのだ。

『仕事より自分を優先して欲しい』

▲▼

「ほんっと随分いいご身分だっての!!」

「.....お前、もう酔ってんのか?」

ビールの入ったジョッキを少し強めにテーブルに置く。そしてその光景を目の前の人は呆れたように見てきた。

「.....酔ってない。いや、ちょっと酔ってるかも。

でもおかしくない?仕事より自分を優先してくれ、だよ?誰がアンタを支えてたと思ってんだよ!!」

「いや知らねぇよ。

お前は俺にそんな愚痴を聞かせるためにここに呼んだのか?」

「だってリヴァイ、呼んだらいつも来てくれるじゃん」

「そうだな。何故かわかるか?

お前が飲み過ぎて歩くことも出来なくなり店に迷惑を掛ける、その前に俺がお前を送らなきゃいけねぇからだ」

リヴァイとは中学、高校、そして大学も一緒だったという所謂腐れ縁。辛辣な言葉を掛けながらもなんだかんだこうやって週末にアポ無しで飲みに誘っても来てくれるし、なんなら家まで送ってくれさえする。だから今だってリヴァイは酒ではなく普通に水だ。いや、居酒屋来てまで水頼むのもどうかと思うけど。烏龍茶とかあるだろ。

「いやぁ、ホントその節は助かってます。

...そういえば、リヴァイは彼女とか結婚決まってる相手とかいないの?私達もうアラサー越えてアラフォーになっちゃうよ?

あっ、もしかして私がこうやって飲みに誘ってるせいで彼女から別れ告げられたりしてる?!」

「そもそもそんなくだらねぇ理由で別れたいなんて言うやつと付き合わねぇよ」

「まぁリヴァイ潔癖だしそもそも付き合うとか無理か」

「あぁ?」

リヴァイは極度の潔癖だし口は悪いし言葉は辛辣だ。けれど、有名企業の課長という役職に着き、仕事も出来て生活力も経済力もある。実際、潔癖とかそういう部分を除けば顔立ちは物凄ーく整っていらっしゃるので、今までだって何度も告白されてきているハズだ。

リヴァイと同じ企業に務めている、私の友人のハンジだって若い子には人気だよ、と言っていた。
...まぁいつだって最後に付く言葉は『潔癖じゃなければね』だが。

そんな訳でリヴァイは私から見てもそれなり優良物件だと思うのだ。だから婚約者がこの時期にいてもおかしくないと思う。

「友人として、そろそろ婚約者いないと心配になるよ」

「お前に言われたくねぇよ。

それよりなまえ。お前はどうなんだ。散々今まで付き合ってきた奴に文句垂れてた訳だが、もう彼氏とやらは作らねぇのか」

うーん、と言いながらおつまみとして頼んだチーズをつまようじで刺して1個口に入れ咀嚼する。そして飲み込む。その1連の動作をリヴァイは何も言わず私の回答を待っているようだった。

「もう今更って感じなんだよね。
別に今は晩婚化の時代だから、これから結婚しても全然いいと思うけど。

そりゃあ周りの友達はどんどん結婚していくし、親にだって心配されるけど仕事に支障出たりとか、仕事について何か言われるのも嫌だし。
1人にも慣れたっていうのもあるけど、生活のリズム崩されるのも嫌だしなぁ。

そもそもいないでしょ?今言ったみたいに、仕事優先してても文句言わないで、ついでに言うと私の事を理解してくれてる人なんて」

高望みといえば高望みなのだろう。だからこうしてこんな歳にまでなってしまった訳だし。
でも今までみたいに仕事より自分を優先して、なんて言われたら腹が立つし、付き合ってなければそんなことは言われないのだ。

ならこうして独身という形でいた方がいいのではないかと思う。

「あ。でももしリヴァイが結婚して、こうやって週末に飲みが出来なくなるのはちょっと寂しいかなぁなんて...」

「いるじゃねぇか」

「はい?」

突然脈略もないその言葉に口に運ぼうとしていたチーズがポロリと落ちかける。

「あっぶな.....」

手を受け皿にしてギリギリセーフ。そしてリヴァイの方を見ると彼はいつもと変わらない顔で私を見てる。この人は何が言いたいんだ。

「だから、ここにいるだろうが。

お前のことを誰よりも1番理解して、仕事より自分を優先しろなんて言わねぇ人間がここにいるって言ってんだよ。

何年経っても気付きやしねぇ。直接言わねぇとわからない程お前は鈍感なのか?なまえ」

「.......エッ!?」

カラン、とリヴァイが頼んだ水の中にある氷が溶けた音がした。

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