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「エレン!!」
ミカサの声とともにあたり一帯に響くほどのドォンという倒れる音。
「どうしたエレン!!もうおしまいか!?
立てぇえ!!人類の明日が君に懸かっているんだ!!
立ってくれぇええ!!」
ハンジが巨人化したエレンに大声で呼びかけているが、もちろんエレンから反応はない。何より、エレンの様子がおかしい。
「ハ、ハンジ...、エレンの様子が、おかしいけど...。10mもないし...」
「あぁ。ところどころの肉も足りてねぇ。そして本人のケツが出ている」
「わかってるよ!!
エレン!!まだ巨人を動かせそうか!?何かしらの合図を送ってくれ!!合図が無ければすぐに君をほじくり出す!!」
崖の上からエレンを見ているわたしたちの一方、ミカサとアルミンは下で馬に乗り距離を取りながら待機している。そのミカサがエレンの名前を呼び、エレンの元へ駆け出した。
「オイまた独断行動だぞ、あの根暗野郎は。処分を検討しとくか?」
「いや、合図が無い。ここまでだ!」
ハンジが崖から飛び降りる。リヴァイとわたしは崖の上に待機しながらエレンの様子を見る。
顔が巨人の体と深く繋がってしまったせいなのか、ハンジがどれだけ引っ張ってもエレンの体が巨人の体から剥がれず、顔の一部が酷いことになっている。
「えっ...うわ.....エレンの顔が...」
「.....あんまり見るんじゃねぇ」
リヴァイにはそう言われたが素直に心配というか、エレンの顔が戻るのかという不安の気持ちを抱えて見守っているとミカサがブレードで繋がっている部分を切断し、どうにかエレンは巨人の体から離れられた。
「実験は終了だ!!総員直ちに撤退せよ!!」
ハンジの合図でみんなが撤退準備をする。
「お前はエレンと同じ馬車に乗れ」
「はい!」
リヴァイがヒストリアにそう言ったのを聞きながらわたしも撤退準備をする。...でも、これだけ目立つような形の実験になってしまえば、誰かに見られていることも覚悟しておかなければいけない。
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「そんな...。丸一日寝てたなんて...」
「.....よかった、元に戻って。ミカサに削がれずに済みそうだ」
「え?」
「...それよりどんな実験をやったか覚えてる?」
「いいえ...。それが...、実験が始まった時から記憶がありません。硬質化は...どうでしたか?」
「残念ながら...。巨人化したエレンにそれらしい現象は何も起きなかったよ」
そう。エレンの硬質化の能力を試す実験だったがそれらしい事は何も起こらなかった。だから予定通り、耐久テストと知能テストを行うことにしたのだ。
1回目は15m級の巨人で、簡単な命令を聞いてもらった。誰の命令にもちゃんと応えたのはエレンの意識がはっきりしていたから。
喋ることはできなかったけれど、ロープや丸太などを使った作業ではかなり細かいことまでできた。
けれど、1時間経ったあたりで変化が現れた。喋れない代わりに文字を書いてもらったいた時、それまでは『どうやったら硬質化できるかわからない』と書いていたのだが、エレンは突然『父さんが』『俺を』と書き出しその後は読み取れないほどに乱れた。
そして30分ほど苦しみ、エレンはおそらく自分の意志で巨人から出てきた。
2回目は30分ほど休んだ後に行われた。2回目も硬質化は叶わず、現れたのは13m級の巨人。1回目の知能テストの反復を試みたが叶わずに、すべての命令を受け付けなかった。エレンはしばらく暴れた後、力尽きたように巨人化が解かれた。この時のエレンを取り出すには加勢が必要だった。
そして3回目。3回目も同様に30分休んだ後に巨人化を試みた。けれどこの結果は10mも満たない、自立もできないほど不完全なもので、巨人はエレンとより深く一体化してしまっていた。
「.....それでは少なくとも.....、直ちにウォール・マリア奪還作戦をやることは無理になったわけですね…。俺が...硬質化できなかったばかりに...」
ハンジの一連の実験結果を聞いた後、エレンは苦い顔をしてそう言った。
「あぁ、その通りだ。
俺達はそりゃあガッカリしたぜ...。おかげで今日も空気がドブのように不味いな。このまま時間が経ってもいいことなんて一つもねぇ。
次は何だろうな?巨人が地面から現れるかもしれねぇし、空から降ってくるかもしれん...。人類は依然牙の生えねぇ捕食対象のままだ。とにかくクソな状況だぜ、こりゃ」
「エレンは全力を尽くしました」
リヴァイの発言にミカサはエレンを擁護するような発言をする。でもたぶん別にリヴァイはエレンを責めたいわけじゃない。
「知っている。だからどうした?頑張ったかどうかが何かに関係するのか?こいつは今穴を塞げねぇ」
「それで...エレンを責めても...」
「オイ...。俺は口が悪いだけで別に責めちゃいねぇよ。不足を確認して現状を嘆くのは大事な儀式だ。
いいか?この壁の中は常にドブの臭いがする空気で満たされている。それも100年以上ずっとだ。この壁の中はずっとクソなんだよ。それが現状だ。
俺がそれに気付いたのは数年前からだ。なんせ生まれた時からずっとこの臭ぇ空気を吸ってたからな。これが普通だと思っていた。
だが壁の外で吸った空気は違った。地獄のような世界だが、そこにはこの壁の中には無い自由があった。俺はそこで初めて自分が何を知らないかを知ることができたんだ」
リヴァイが一通り話し終えたのを確認してわたしは口を開いた。
「つ...つまりね、リヴァイが言いたいことは、今回わたしたちはエレンが硬質化できないってことを知ることができたってことだよ!
エレンの巨人になれる時間とか、限界値とかを知ることができたのはわたしたちにとって、とっても大事な情報だよ。実験の結果を活かせるかどうかはこれから!
だから...これからも頑張ろう!ってリヴァイは言ってるんだよ!ねっ、リヴァイ?」
「...あぁ、助かる.....」
エレンは何かを考えるように自身の手を見つめ握ってから手を開いた。そして頭が痛いのか、少しうめき声を上げる。
「まだ体が弱ってる。無理しないで」
「あ...あぁ…」
ミカサがエレンの背に手を回し、無理をしないよう伝えてからハンジが口を開いた。
「さて...これからだが。
硬質化できないってことがわかった今、進むべき道は定まった。
次はウォール教とその周辺の追及だ。彼らは硬質化した巨人で作られた壁の起源を何か知ってるらしいからね。
あの壁の作り方...。すなわち"硬質化"の情報を知ってるのかもしれない。
また...、その謎を知ることができるのが人類最高権力者である王様でなくて、なぜレイス家なのか...。
きっと...、王都に行ったエルヴィンが何か掴んでくるはずだ」