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ウォール・ローゼの住民は第2の壁が突破された際の模擬訓練の通り、ウォール・シーナ内の旧地下都市に避難することとなった。
想定された通り、残された人類の半数以上を食べさせることのできる食糧の備蓄は1週間が限界だった。
つまりウォール・ローゼが本当に突破されていた場合、最後に平和が訪れるのはその1週間のみである。そこから先を強いられることになれば、選ばなければならない。
飢えて死ぬか、奪って生きるか、すべてを譲るか、すべてを切り捨てるか。
ウォール・ローゼ内の安全が確認されたのは、問題が発生した1週間後だった。
「...とまぁ、正確に言えば我々はその1週間でウォール・ローゼは安全じゃと言い張る他無かった」
幸いにも、その混乱の中で兵力を行使したのはその1回だけ。元々地下にいた不法住民が立ち退きを命ぜられ、一部の地区で憲兵と衝突した。
死者こそ出なかったが、その事件が壁全域に与えた影響は大きかった、とピクシスは続けた。
「皆が身をもって確信したよ。ウォール・ローゼ崩壊後は1週間の猶予を経て人類同士の殺し合いが続くのだとな」
「すまねぇなエルヴィン。せっかく話ができるまで回復したのによ。
この1週間は聞くだけで寝込みたくなるようなことしか起きてねぇぞ」
「いいや、寝飽きてた所だ。続けてくれ」
「.....右腕は残念だったな」
リヴァイのその言葉に目を伏せたくなる。戦いで失ったものは大きい。...わたしが、ちゃんと守ればこんなことには...。
「今まで俺が巨人に何百人食わせたと思う?腕一本じゃ到底足りないだろう。
いつか行く地獄でそのツケを払えればいいんだが。
...ナマエも、そんな顔をするな。毎日見舞いに来てくれていたのは知っている。ありがとう」
「.....ううん...っ」
今にも溢れそうな涙を見せまいと、俯いて座っている自分の膝を見つめる。すると優しく頭に手が置かれたので顔を上げると、リヴァイがわたしの頭に手を置いていた。
そして部屋にノックの音が響いた。
「ハンジだ。入れ」
リヴァイの言葉にかぶるようにして扉が開かれ、入ってきたのはハンジとコニーだった。
「コニー...?」
「失礼するよ、エルヴィン。
いらしてたのですね、ピクシス司令。丁度良かったです。今回の件の調査報告に参りました。彼は.....」
「104期調査兵団、コニー・スプリンガーです」
「彼は例のラガコ村の出身であり、事件発生当時を知る兵士であるため、私の調査班に同行してもらいました」
「...コニー、ご苦労だったな...」
「.......はい...」
しばしの沈黙の間、ハンジが説明を始めた。
「今回の巨人の発生源についてですが、やはりあの仮説の信憑性を増す材料が揃うばかりです。
村の家屋はすべて家の内側から何かが爆発したように破壊されていました。また、あれだけの破壊跡がありながらも...血痕1つ見つかりませんでした。
何よりラガコ村の住民が未だどこにも見つかっていません。
そして...。壁内に出現し、討伐された巨人の総数が...
ラガコ村の住民の数と一致しました。
今回出現した巨人の正体は、ラガコ村の住民である可能性が高いと思われます」
「つまり巨人の正体は、人間であると」
エルヴィンの質問にハンジは、すべての巨人がそうである確証はないと続けた。
ただもし、巨人の正体が人間であれば、弱点であるうなじに何があるのか、わかる気がした。個体差のある巨人でも、等しく弱点は同じ大きさの"縦1m横10cm"である。そこには何があるのか...もしそこに人の大きさのままの一部があるとすれば、それは"脳から脊髄"にかけての大きさ。
「そこを切除されるとそこだけ修復されずにすべての機能を失うのは、それが巨人の物質とは独立した器官であるからでしょう」
「お前が生け捕りにした巨人は毎回うなじを切り開いてパァにしちまうじゃねぇか...。
何かそれらしいもんは見なかったんだろ?」
「あぁ...特に人の変わったものは見なかったんだけど、そもそも一太刀入れる程度ではすぐに塞がるようなうなじだから、完全な人の脳が残ってるわけじゃないだろうけど。
でも確かに脳と脊髄と同じ大きさの"縦1m横10cm"の何かがそこにはある...。おそらく同化して姿形がわからなくても確かに...」
「何言ってんのかわかんねぇな、クソメガネ...」
リヴァイの発言にハンジは謝る。そして再びリヴァイは言葉を続けた。
「じゃあ...何か?
俺が必死こいて削ぎまくってた肉は実は人の肉の一部で、俺は今まで人を殺して飛び回ってた...ってのか?」
「.....確証は無いと言っただろ?」
「もしそうじゃとすれば、...何じゃろうな。普通の巨人とエレンのような巨人との違いは。
肉体が完全に同化しない所にあるのかのう...」
「なぁ、エルヴィン。
エルヴィ.....」
リヴァイの呼びかけに反応がないので、目線をエルヴィンに向けたわたしとリヴァイは目を見開く。
「エル...ヴィン...?」
「お前...何を...笑ってやがる」
「あぁ...何でも無いさ」
「...気持ちの悪い奴め...」
「.....子供の頃からよくそう言われたよ」
「てめぇが調査兵団やってる本当の理由はそれか?」
「勘弁しろよ、リヴァイ。腕を食われ心身共に疲れ切っていてかわいそうだと思わないのか?」
エルヴィンのその言葉にリヴァイが短く笑いを漏らした。
「ところで...ヒストリア・レイスは今どこに?」
「あぁ...。それに関しても進めているよ。
まず2人を安全な場所に隠した。この混乱が静まるまで大人しくしてるよ」
そしてピクシスが、エルヴィンに巨人の正体を世間に広める段階にはまだない、と言った。
「えぇ...。もうしくじるわけにはいきません。
クリスタを辿れば我々以上に巨人に詳しい組織を追及できます。エレンの能力を発揮できれば壁を奪還できます。
今は何よりこの2人が重要だ。2人はどこに?」
「お前が腕を食われて心身共に疲れ切っていてかわいそうだと思ったから、俺が色々決めたよ。俺の班の新しい編成もな。
エレンには...死に物狂いになれる環境が相応しい」