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撤退した僕らはその後、壁上避難し怪我人を優先的に運んだ。しかし怪我をしてない人だって心身共に摩耗し切っていた。
「104期は悪運が強ぇよ。あの状況から生きて帰ってきちまった。
まぁ...あっちの巨人達はどうか知らねぇが...」
ジャンがそう言ったのを聞いてからエレンとミカサの元へと向かう。ミカサは担架に乗せられていた。
「そのままゆっくり下ろせ。
肋骨をやって馬に長時間揺られたか...。早く医師に見せなければ」
「エレン、大丈夫」
「すまない.....」
思い詰めたような表情をするエレンの肩に手を置く。するとエレンはこちらを見て焦ったようなそんな表情を見せた。
「エルヴィン!!エルヴィンッ!!!」
ナマエさんの泣きそうな声に僕らは顔を上げる。僕らの目線の先には団長を支えながら名前を呼ぶナマエさんの姿があった。
「聞こえる!?エルヴィン...ッ!!」
「まずいぞ意識が!!」
「早く運べ!!!」
深手を負った兵士は馬に引かれ運ばれていく。その様子をエレンはただ呆然と立ちすくんで見ているようだった。
「ほらコニー、もう一息だ。立て」
「信じらんねぇ...。俺が.....生きてるなんて...」
どこに目を向けても兵士の顔は絶望に満ちた表情をしている。生き残れていたとしても。
「俺がまた攫われて...。そのために...何人.......死んだんだ?」
エレンのその質問に汗が滲むのがわかった。僕もコニーも言うのを戸惑っているとジャンが口を開いた。
「ここから出発した時は憲兵を含めて100人はいたと思う。まぁ...経験の足りない憲兵には、やはり荷が重くてな...。気の毒に...行きで大分食われたよ。
そっから先は覚えてねぇが、ここの壁の上にいたのは40人ぐらいだった。その中でも立って歩けるのは...、その半分ほどだ。
調査兵団は熟練兵士の大半を失っちまった...。どうなるんだろうな、これから...」
ジャンの説明にエレンは明らかに自分に対して罪を感じている表情をする。行きは事実損害が大きかった。
「でも帰りは損害が無かった。巨人が僕らを無視してライナーに向かい続けていったからね。
女型の巨人は叫び声を上げて巨人の攻撃目標を自身に差し向けることができた。
あの時...巨人の攻撃目標をあの巨人や鎧の巨人に差し向けたのは.......エレンじゃないの?」
僕がそう言うとエレンは目を大きく見開き、口を開けたまま、まるで言葉が出ないようだった。
「.......お、...俺は.....。
あの時は...訳わかんなくなっちまって...何が起こったのか...まったく...」
「お前が巨人を操ったって言うのか!?」
「いや.....まだ何も...」
「そりゃお前...そんなことがもし...本当にできたとしたら...」
ジャンの言葉に続いてコニーが発言する。
「それ...本当かよ.....エレン。
そうか...。だからあの時巨人があっちに行ったのか...。あの時...あのまま巨人と戦ってたら、みんな死んでたぞ」
「.....わたしも、死んでたと思う」
その声に驚いて振り向くとふらりとナマエさんがこちらに歩きながらそう言っていた。暗い顔をせるナマエさんの顔には涙の後のようなものが見えた。
「.......」
エレンは黙ったまま自分の手のひらを見つめている。
「お前を取り戻すために死んだ人達を.....。活かすか殺すかは、お前次第なんじゃねぇの?」
ジャンはエレンを真っ直ぐ見ながらそう言った。その言葉にエレンは短く笑う。
「調査兵団になってから、お前が説教する側になっちまったな」
「は!?
ふざけんな、てめぇがうじうじ言うようになっちまったんだろうが」
「ありがとうな、ジャン」
「.......は!?」
エレンの言葉にジャンは気味が悪そうにビクリとする。
「おかげで...。
これ以上はうじうじしなくてよさそうだ。
お前の言う通り、やるしかねぇよ。巨人を操ってやる。ウォール・マリアを塞ぐ。
ライナーの奴らを捕まえて償わせる。ハンネスさんや、みんなの死を人類存続の功績とする.......。
それが俺のなすべき償いだ」
その時、ふらりとクリスタは立ち上がった。
「.....クリスタ!?.....まだ」
「違うよ。
私の名前はヒストリア。
エレン、壁の向こうに早く行こう」
「...お前、まだ立たない方が.....」
「私はいいから!!
ユミルを取り戻さないと...!!早くしないと遠くに行っちゃうから!!エレン強い人でしょ!!巨人の力で何とかしてよ!!」
そう大声を上げたが、体の力が抜けたようにクリスタは崩れ落ちた。
「.....ヒストリア。気持ちはわかる。けど...落ち着いて。きっと心も体も疲れ切ってる」
ナマエさんがそう声をかけて彼女を支えた。
「ユミルは...ライナー達に俺と連れて行かれてからもお前の心配してた...。どうやったらお前がこの状況で生き残れるだろうかとか...。ユミルにはお前のことしか頭にないみたいだったよ。
でも...、俺にはよくわからねぇけど...。ユミルは最後、自分の意志で向こうに行ったんじゃないのか?」
「.....許さない。何で...私...より、あっちの方を...選ぶ...なんて...。い、一緒に...自分達のために...生きようって...言ったのに...。私を置き去りにして行くなんて.....。裏切り者...。絶対許さない...」
涙を流しながらクリスタはそう言った。その発言にジャンが、らしくないと声をかける。
しかしクリスタはその言葉に突然笑いだした。
「クリスタ!?
クリスタはもうやめたの、もうどこにもいないの。クリスタは私が生きるために与えられた訳で...。たしか...子供の頃読んだ本の女の子.....だった...はず」