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再びここに来るとは思っていなかった。
「......変わらねえな」
「リヴァイ兵士長、私達も同行致します」
「......いや、いい。俺一人で十分だ」
たかが、東洋人の10歳程度の女だ。どうってことは無い。
「お前らはここで待機してろ」
「...ハッ!」
エルヴィンに説明されたように、東洋人のガキの居場所を目指す。
力ずくでもその女を連れ出さなければならない。そこまでしてまで何かそいつには特別な何かがあるのか。詳しくは聞かされていない。いずれにせよ、自分には関係の無いことだ。
「ここか」
立て付けの悪いよくある家だった。こんな所に住んでいるのか。どうでもいいがさっさと済ませてこの場から立ち去りたいものだ。ドアノブに手をかけた時、ガタン、と大きく鈍い音が中からした。
...なんだ今の音は。まるで、人が倒れたかのような。
ドアを蹴破って中に入る。するとそこには刃を片手に、血に濡れた少女と、血塗れの男が3人。どの男も床に倒れており、息はしてないようだった。
...コイツが、殺ったのか?
女は肩でフゥ、フゥと荒く息をしている。女の姿を見ても、男3人を相手にできるような体つきではなかった。細い腕と細い足、筋肉などどこかについてあるようには見えない。
立ち尽くしていると、ゆらりと少女はこちらに振り向き鋭い眼光を向ける。
「......お前も仲間か。......殺す一人残らず殺す」
ダッ、と勢いよく少女はこちらに一直線に走り出す。
「おい、お前何を勘違いしてやがる」
しかしその言葉は少女の耳に届くことなく、敵意をむき出しにしてこちらに刃を向けた。
「......チッ」
交わしてもすぐに体制を建て直し刃を振る。どこにそんな体力があるのか、甚だ疑問だ。
......手加減してる場合じゃねぇな。
思い切り、足を少女の腹部にくい込ませ、肘で手の甲を打ち、包丁を落とさせる。
「ぁぐっ......ウッ、...ゲホッ」
少女はうずくまった。
その瞬間を見逃さず、腕を拘束し、髪を引っ張り無理やり顔を上げさせる。
衰弱してなお、少女は敵意を剥き出しにして睨み続ける。
「おい、これはてめぇがやったのか」
「.........」
「俺は独り言を喋ってるんじゃねえ、これはてめぇがやったのか聞いている」
さらに髪を持ち上げる。すると、少女の表情は痛みで歪んだ。
「......ッゲホ、なん、でお前に話さなきゃならない。殺すなら、殺せ」
「...ハッ、ガキが何一丁前に殺すだ、殺せだ言っている?
ここに来る前、お前の遍歴は全て目を通させてもらった」
そういった途端少女の大きな目はさらに大きく見開かれた。
「娼館出身で、初めての客の1人を絞殺。その後逃げ出しアイツらといたのか。そして今回男3人を刺殺。このことを憲兵に告げたらそれなりの法でお前は裁かれるだろうな」
「.........」
先程まで捕えられた手から逃げ出そうと動かしていた体がピタリと動きを止めた。
「.........殺して。殺して、ください」
「......おい」
先程より強く髪をつかみ無理に顔を上げさせ伏せられていた目を合わせる。少女の目には涙が滲んでいた。
「殺されれば楽だろうな。てめぇは法で裁かれることもなく死ぬことが出来る。
逃げ出した時はてめぇが生きる為に殺した。だが今回はどうだ。てめぇの一瞬の憎悪によって冷静な判断を失い、人間を殺した。
...楽しかったか?感情に任せた殺しは。」
そいつの瞳からは大粒の涙が1粒、目から零れ落ち、頬を伝って顎先から地面へと落ちた。
「今から言うことをよく聞け、ガキ。
てめぇは選択に迫られている。このまま地下で死ぬか、地上で死ぬか。選べ」
そう言うとガキはハッとして顔を上げる。
「......なん、で、お前もどうせ憲兵の仲間だろう。わたしを突き出す気」
「......おいガキ、ふざけるのも大概にしろ。俺を憲兵と同じにするんじゃねぇ。俺は調査兵団だ」
「ちょうさ、へい、だん」
「......そんなことはどうでもいい。さっさと選べ」
「.........」
ガキは下を向いたまま動かない。
「......もういい。てめぇはここで勝手に死ね」
掴んでいた髪と手を解放し踵を返す。歩き出した時、左足にガキがしがみついた。
「......さい」
「ああ?」
「...地上へ...地上へ、連れて行って、ください。お願いします......お願いします...お願い、します...!」
俺の足にすがりついて離さないガキは下を向いてそのままボロボロと涙を零す。
「...おいガキ。顔を上げろ」
ガキは顔を上げる。そしてしゃがみ、そいつと目線を合わせる。
「アイツからはお前を力ずくでも連れてこいと言われた。だが俺はお前に選ばせてやる。
地上へ行くということは、てめぇは調査兵団に入団することになる。別に地上だって安全なわけじゃねえ。特にこれからお前が入団することになる調査兵団はな。地下でも地上でもどっちにしろ死はお前に付きまとってくる。むしろ地上の方が死ぬリスクは高いかもしれねぇ。
それでもてめぇは地上に行く覚悟があんのか」
「......あります。エマとクラウスの為に、地上へ行かせてください」
そいつの目はさっきまでの死んだような目ではなく、何かを見つけたような目で。
「......上出来だ。着いてこい」
歩き出した時、そいつがいつまでも追いつかないので振り返るとそいつは地面に伸びていた。
「...おい、てめぇ。ふざけてんのか」
「......ふざけて、ない。体が、動かない」
そいつの体をよく見ると足や腕が所々腫れていて、恐らく男たちと闘った際に折れたのだろう。
「......チッ、手ェ貸せ」
伸ばされた手を引きガキを横抱きにする。体を持ち上げた時、驚く程にこいつには重量が無く、本当にこいつがアイツらを全員殺したとはやはり思えなかった。
団員たちの元へ戻るべく歩き出した時、まって、とガキは小さく声を上げた。
「まって。お願い。エマと、クラウスの所へ、最後に連れて行って。...お願い」
「......」
ここからさっさと戻りたいが、最後の別れだ。仕方なくガキの仲間であったソレらの元へそいつを運ぶ。
「......ありがとう」
ガキは力を無くしたかのように地面に崩れ落ち、頭を床へ擦り付けるように下げた。
「......ごめん、ごめんね。エマ、クラウス。
わたしだけが生き残っちゃった。守れなかった。
ごめん、ごめんなさい。貴方達の憧れていた地上へわたし一人だけが行くことになってしまって。......許してなんて言えない。貴方達の代わりに生きることを許してなんて、そんなこと私には言えない。
今までありがとう。......こんな、わたしと居てくれて。わたしに家族の大切さを教えてくれて。愛してる。これまでも、これからも、ずっと。
......本当に、愛してる。さようなら...っ」
ガキは顔を上げ、もう、大丈夫、手間かけてごめんなさい、と言った。泣いていると思っていたそいつは、泣かずにこちらに顔を向けた。
正直、驚いたのだ。まだ10程度のガキが仲間の死を前に涙を流さず、別れを告げたことが。
「もういいのか」
そう言うとこくりと頷く。
再び先程と同じようにガキを横抱きにする。仲間から離れてもなお、そいつは泣くことはなくただ黙って顔を伏せている。
「.....辛くねえのか」
「.......え?」
「俺は正直、もっとてめぇがガキだと思っていたようだ。てめぇの今の気持ちを俺が知るわけもねぇが、泣くことも叫ぶことも出来ないてめぇの気持ちはどこへ行く」
「.....わから、ない」
「...本当は辛いんじゃねえのか、ナマエ」
そう言うとガキの大きな瞳から大粒の水滴が溢れ、頬を伝い顎へ流れ落ちた。
「.....痛かっ、た」
「そうか」
「.....寂しい。苦しい...。...辛い...っ。痛い...よぉ...っ」
「.....そうか」
涙と共にナマエの口からは言葉が流れ出てくる。
「...ふ、ぅうあぁぁぁあ.......っ」
俺の胸元に顔を寄せ、抱きつくように泣き出した。少し、ガキらしくなったような気がした。
気付けば地上への階段へ向かう途中の道でガキは疲れて眠っていた。