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掃除も一段落終え、特に用事もないけれどフラフラと歩いていると廊下の窓から外を眺めているアニの姿があった。
「アニ!」
声をかけるとゆっくりとアニは振り向く。
「.....ナマエさん」
「どうしたの、こんなところで」
わたしも一緒にアニの横に立つ。
アニは特に何も、と素っ気なく返し再び外に目を向けた。そんなアニの横顔を見てふと思う。
「アニ、きれいな目」
「.....え?」
「なんか、アニの目ってこの空みたいできれいだなぁって思って。
でもアニはきれいだけど、いつもどこか寂しそうだから、ついつい話しかけちゃうんだ」
わたしのそんな言葉にアニはこちらを見ながら目を丸くしているような気がした。
「...どうして、そう思うんですか」
「ど、どうして...。
なんか、昔のわたしに似てる気がして。目的はあるけれど、どこか諦めたような、そんな感じがアニからはするから。
もし、本当にアニが寂しいならわたしが助けてあげたい」
「...ナマエさんが、わたしを助けてくれるんですか」
「あっ、いや、でもっ、わたしのできる範囲でだよ!?
わたしにもアニと繋がることくらい、話を聞くことくらいできるから...。
誰かとの繋がりって、意外と大切なんだよ」
慌てて取り繕うわたしにアニは、ふはっ、と笑った。その顔がきれいで、可愛らしくて。アニにはいつも笑っていてほしい、と思ってしまう。
「...もし、ナマエさんに助けられるなら悪くないかもね。
私は、ナマエさんのその濃い青の目は嫌いじゃないですよ」
アニは少し寂しそうな顔をしてそう言う。その表情に、言葉にいったいどんな意味があるのかわたしにはわからないけれど。
そしてアニは、もう行きます、と言って部屋に戻って行った。
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最初は、皮肉で返した言葉だった。アンタに私の気持ちなんてわからない、そう突き返そうと思ったのに、何故だか私の気持ちに踏み込んできた。
その行為が普段なら嫌なはずなのに、どうしてか嫌じゃなくて。本当の気持ちに気付いてもらえたらどれだけ楽だろうと思った。
終いには、私のことを助けたい、なんて言い出した時にはつい笑ってしまった。いつも鈍くて私の嫌味だって気にせず笑顔で返しながら付き纏ってくるのに、そういう時だけ無駄に踏み込まず鋭いところをついてくる。
鈍いんだか鋭いんだかわからない。
でも、正直のところ、本当にアンタになら救われてもいいんじゃないか、と思ってしまった。救ってもらえるのなら、ナマエさんに救われたい。
あの瞳の藍の中に手を伸ばして沈んでしまえれば、そう思った。
あの人は、自分は私に似ていると言った。けれど、私は全然似ていないと思う。
私のように生きていない、そう思う。捨てたくても捨て切れないものを彼女は背負っていない。
あの人は、きっと捨てずに拾ってしまう。そんな人だから。
あの人になら救われたい。むしろ、殺されてもいいかもしれない、そう思えてしまう。
けれど...。
アイツらにも、私にも目的がある。それが決してあの人に理解できないものだとしても。
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アニがいなくなった後も、わたしは窓から外を眺めていた。今日は休みだからとても建物の中も外も静かだ。
たまに聞こえる風の音と、鳥のさえずりが心地いい。こんな日には、ついリヴァイに会いたくなる。
ここへ来て、隣に誰かがいないのには少し慣れてきたけれどやっぱり寂しい。頭を撫でてくれるあの手のひらの温もりが恋しくて、寂しい。
ハンジの騒がしさもこの静けさからか恋しくなる。
やっぱり今日帰るべきだったかな、と後悔するも会えるとも限らないのでまた機会があればにしようと決めたのだ。仕方がない。
もし、この忙しさで帰れないとすればリヴァイはわたしよりもっと優秀で可愛い子を傍に置いてしまって、わたしのことは用済みになってしまうのかな。
あの、わたしよりも大きくて頼りになって温かい手のひらが他の子の頭にも同じように置かれていたら。そう思うと悲しくなる。
「ううう」
がくりと頭を下げてながら、窓枠から腕を外へ伸ばしていると小さな鳥が指先に止まる。
「鳥さん」
声をかけた瞬間、その子は飛び去ってしまい青空に溶けていく。その姿は自由で。そうだ。わたしはなんのためにここにいるんだ。
一回りも二回りも成長したわたしをリヴァイに見せられるように頑張らなきゃ!
パチン!と両頬を叩いて明日からも頑張ろう、とわたしは背筋を伸ばした。