閑話22.5A:世界は君中心で廻ってる
「や、やだっ!!!!!」
突然の大声に朝食を取っていた兵士達は驚いて一斉に声の主へと目をやる。
そこには涙目になっている調査兵団の小さな希望。その姿はさながら本当の子供のようで。
その隣に座る人類最強の兵士長は死んだような目をし、変わり者の分隊長は頭に手を当てながら笑っていた。
事の始まりは数分前。
「ハンジ!おはよう!」
「ナマエちゃん!おはよう!今日も相変わらず可愛いね!食べてしまいたいくらいだ!」
「朝からうるせぇな。さっさと座れ」
そんなやり取りを兵士達は恒例行事だ、と流していた。そうしてリヴァイ、ナマエ、ハンジという並びで3人はいつものように食事を取り出す。
しかし事件は起きた。
「ねぇ、ハンジ。
わたし今日ね、けんこうしんだん?っていうので、さいけつっていうのをするんだって。
さいけつ、ってなあに?」
スプーンを握りながら大きな瞳でハンジにそう訪ねるナマエ。
「おや、ナマエちゃん今日健康診断なんだね。採血っていうのはね...」
「おいクソメガネ、余計な事言うんじゃねぇ」
「ええ?別にナマエちゃん、注射くらいで怖がるような子じゃないだろう?」
「...おい!お前...!」
その瞬間、ナマエはぶるぶると手に持ったスプーンが、いや、全身が震え出す。その顔は青ざめていて、目には涙が膜を作っていた。
「...わ、わたし知ってるよ...。
ちゅ、ちゅうしゃ、すっごく痛いんだって...。
わたし、今から、ちゅうしゃするの...?」
ありえないほどに震えるナマエを見てハンジはまさか、と思い、リヴァイは溜息をつく。
「もしかして、ナマエちゃん注射、怖かったり?」
「.....前に読んだ本に出てきたらしい。
注射のことを聞かれて答えたら酷く怯えるもんだから今回のことは言わねぇつもりだった。
だが、お前のせいで面倒なことになっただろうが。
おいナマエ.....」
「や、やだっ!!!!!」
そして冒頭に戻るのである。
「ちゅ、ちゅうしゃこわい!!ちゅうしゃしない!!」
「おい待て!!.....チッ」
途端に朝食を取っていた兵士達の体感温度は下がり出す。
「「「(リ、リヴァイ兵士長の眉間の皺が凄いことに.....)」」」
ナマエは颯爽と逃げ出し、どこへ向かうのかと思いきや、一目散に団長室へと向かった。
「エ、エルヴィン!助けて!!」
鶴の一声。まさにそうと言わんばかりにナマエが声を上げた瞬間、扉が開かれて中からエルヴィンが出てくる。
「ナマエ、どうしたんだ。
今日は健康診断だろう?時間が迫っているはずだ、受けなくてはいけないよ」
その瞬間、はっとナマエの表情が凍る。
「エ、エルヴィン嫌いッッ!!!」
「え」
その言葉を聞いた瞬間、エルヴィンは見たこともないような絶望の表情を浮かべその場に立ち尽くす一方でナマエは走って近くにいたモブリットを盾に隠れる。
「ちょ、ちょっとナマエちゃん!?」
そしてすぐさま追いついたリヴァイとハンジ。
「おい、モブリット。ナマエを渡せ」
「モブリット、美味しい展開じゃないか!羨ましすぎるよ!」
「ぶ、分隊長は黙っててください!!」
「や、やだ...。モブリット、渡さなくていい...」
「ナマエちゃん駄目だよ...ってすごい力!?離れない!」
「おい、ナマエ。お前のその馬鹿力は注射なんてくだらないモンから逃げるためにあんのか?」
「そ、そうだもん...!」
ドス黒いオーラを出すリヴァイと泣きながら物凄い力でしがみついて離れないナマエに挟まれモブリットは困り果てる。
「ナマエちゃん」
モブリットの声に顔を上げるナマエ。
「...モブリットも、リヴァイとエルヴィンの仲間...?」
「えっ、だ、団長..?
いや、それよりも、逃げちゃダメだよ。本当はリヴァイ兵長だってナマエちゃんにこんなことさせたくないけど、ナマエちゃんの為に辛い気持ちを抑えて言っているんだから」
「.....そ、そうなの?...リヴァイ...」
「.......ああ」
そう言うとモブリットの後ろに隠れていたナマエはゆっくりと姿を現す。
「.....ご、ごめんなさい...。
リヴァイ......わたし、ちゅうしゃ、がんばるから、わたしの言ったこと、聞いて欲しい...」
「.....なんだ」
「.....ちゅうしゃ、行く前にぎゅって、して欲しい...。
あと、がんばれたら、前やってくれた髪型、教えて欲しい.....」
「.....わかった」
腕を伸ばすナマエをゆっくりと抱き上げ、歩き出すリヴァイとそれに着いていくハンジ。
「いやぁ〜、まさかナマエちゃんが注射苦手とは!普段大人っぽいから平気だろうと思っていたけど!
それよりもエルヴィン、灰になりそうだったけど大丈夫だったかな!」
「そもそも誰のせいだと思ってんだ」
「ははは!誰だろうね!」
「.....おい、本気で殺されてぇのか」
「いや、冗談だって!」
「おい、ナマエ」
「.....なに?」
「後でエルヴィンに謝ってこい。あと、ちゃんと本当のことを伝えてこい」
「わかった.....」
ぎゅ、とリヴァイの肩口に顔を埋めながらそう言うナマエ。そして、まるでコアラの親子さながらに抱きかかえられているナマエを見て兵士達は仰天する。
そしてナマエの健康診断が始まった。
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「痛くなかっただろう」
「.....うん」
手を繋ぎ戻ってきたリヴァイとナマエにまたも兵士達は驚くが本人達は素知らぬ顔で歩いている。
そうしてナマエは団長室へ向かいエルヴィンに声をかける。
「...エルヴィン!
あ、あのね、さっきはごめんなさい...。
わたし、嘘ついちゃったの。本当は、エルヴィンのこと大好き...!ごめんなさい!」
「.....ナマエ...!」
ぎゅうとナマエの目線に合わせてしゃがんだエルヴィンに抱きつくナマエ。
「えっ、なんで、エルヴィン泣きそうになってるの!?あはははっ!!」
空気を壊すかのようなハンジの笑い声。
そんな中調査兵団の兵士達は思う。
『調査兵団トップ達が1番彼女に甘々だ』と。
ナマエに1番厳しい言葉をかけるが、1番甘く、彼女に滅法弱いリヴァイ。
ナマエが可愛くて仕方がないハンジ。
ナマエに嫌われるとショックで誰も見た事のないような顔をするエルヴィン。
兵士達はその日から、ナマエと彼らの関係性がわからなくなったのであった。