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「ハァ...ッ、ハァ...ハァッ...」
体が、目が、燃えるように熱い。体は意図していないのに腕に力を込め続けている。
その瞬間、ゴキリ、と鈍い音を立ててそれは曲がった。そして今まで熱を持っていた体が急に冷えていく。指先が氷のように冷たく感じ、震え出す。喉からはヒュ、と空気が漏れる音しか聞こえない。
......殺した。わたしが、この手で、人を殺した。
目の前のソレは動かない。ぶるぶると体は震えだし考える前に閉じ込められていた部屋から抜け出す。
ひたすら走った。鳥籠の中に閉じ込められていた鳥が逃げ出したかのように、誰かの目につかないようにただひたすらに走った。
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「あー、腹減った」
「あたしも。
ねぇ、ナマエ、そろそろ飯にしようぜ」
「あ、そうだね、もうこんな時間。適当にある物でご飯にしよう」
逃げ出した後、私はクラウスという少年とエマという少女に出会った。彼らもわたしと年齢が近く、親もいない身よりもないこの地下街で一緒に暮らしている、いわば仲間だ。
「ナマエはよくも飽きずに本読んでるよなー。あたしだったら30分も持たねぇな、そもそも文字読めねえし」
「当たり前だろう。そういえば、なんでナマエは文字が読めるんだ?俺らとおなじ地下にずっといたんだよな?」
パタンと本を閉じて元あった場所に戻す。たまたま空き家に忍び込んだところ、ありがたいことに本が沢山あったのだ。金目になりそうなものもそれなりにあって、家の中の様子からはそれなりの暮らしをしていたように見えた。わたし達はそれらを売って暮らすしかない。どうして前の住人がここから立ち退く必要があったのかはわたし達の知るところではないけれど。
「うん。でも、何故か文字だけはあそこで教えられてて。なんでだろうね、必要ないのに」
「でもナマエが文字読めるなら地上行っても困んねえよな!あたし早く地上へ行きたいなー」
「そうだな。早く、3人で地上で暮らしたい」
「なあなあ、ナマエ!地上にはこんな地下の天井みたいなのじゃなくて空が広がってるんだろ?!空には終わりがなくて果てしなくて、夜になると星が見える。
たくさんの花や動物が暮らしてる、って前に本に書いてあるって言ってたよな!
早く見てみたいなあ」
「...そうだね、3人で幸せに暮らそう」
なぜ文字を教わっていたのか、結局真意は分からないし、向こうではわたしは奴隷だった。そんな過去どうでもいい。今はただ、この生温くて心地よい幸せに浸っていたい。
「ほら、ご飯にしよう。エマもクラウスも手伝って」
「へーい」
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次の日、食糧が少なくなってしまったのを確認して買い物に行こうと決めた。
「じゃあ、ちょっと買い物行ってくるね」
「ナマエ、1人で大丈夫なのか?」
「うん、食糧調達してすぐ戻ってくるし。エマ起こしたら悪いしね、クラウスよろしく」
「わかった、気をつけて」
フードを深く被り道を歩く。わたしは、周りと髪の色が違う。それは、珍しいこと、らしいのだ。東洋人?と呼ばれるもうほとんどいない人種らしい。今では東洋人は珍しく高値で売られる、と聞いた。そのままで歩いていれば、目を付けられる。これはわなしが生きる為に得た『生きる術』、なのだ。
買い物を手短にすまし、帰路に着く。
早くしなければ、と何故か胸がざわついた。なぜなのだろう。家に近づいていくと、少し血の匂いがする気がした。血の匂いがする、ということはつまり、誰かが血を流しているという事だ。
......急げ。お願い、気の所為であって。
「ただいまー」
いつもの調子で家に入った。けれど、2人の返事はなくて。その代わり血塗れのエマとクラウス2人と男が数人、そこにはいて。
男は血塗れのエマを無造作に床に投げた。