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赤い信煙弾が右側で確認できた。
「.....巨人が出たか」
ナマエのいる右翼側なのが気がかりだが、ナマエの配置された班の者は皆ほとんど実力者だ。問題ないだろう、そう思った数分後だった。
黒い信煙弾が打ち上げられた。
奇行種が現れたのだ。ナマエのいる、右翼側に。
「.....チッ、おいお前ら、俺は1度離れる。
お前らは俺に構わず進め」
「へ、兵長...!」
誰かが自分を呼ぶ声がしたが、構わずナマエのいる方向へと方向を変えた。
.....間に合うだろうか、そんな言葉が頭をよぎった。
****
リヴァイがナマエのいる班の元へ着いたのは黒い信煙弾が打ち上げられた数分後だった。
辺りには巨人の死骸と巨人のものと思われる血と蒸気で満ちていた。
「リ、リヴァイ兵長...!」
リヴァイにそう声をかけたのは恐らく右翼側に同様に配置されていたネスだった。
「おい、これはお前らがやったのか」
「ま、まさか...!
ここに辿り着いた時にはもう既にこの状況でした。
恐らく、右翼側は壊滅したと思われます...」
壊滅、その言葉を聞いてハッとし、ナマエの姿を探す。間に合わなかったか、リヴァイはそう思った。
しかし右前方の奥に目をやると今殺されたばかりであろう巨人と共に少女が1人立っていた。
「おい、ナマエ.....!」
リヴァイが声を張り上げると少女は振り返り、力尽きたようにブレードを両手から離し、その場に崩れ落ちた。
リヴァイとネスは急いでナマエの元へ向かう。
「.....ナマエ。
これは全部お前がやったのか」
馬から降りたリヴァイはナマエの元へ近づきそう声をかけると、彼女は俯いていた顔を上げる。その両目には涙が滲んでいた。
「リ、ヴァ...っ!」
「.....立てるか」
リヴァイはぼろぼろと涙を流しその場から動けないナマエに腕を伸ばしその体を抱き上げた。その姿は元々小さな彼女が更に小さく見えるほどに弱っていた。
「ネス、悪いがナマエの馬を連れてってくれないか」
「も、もちろん構いませんが...」
「...そろそろ帰還命令が出る頃だろう」
そう言いリヴァイは抱き上げたナマエと共に馬に乗る。
そして間もなく帰還の合図が出た。
****
リヴァイの部屋に戻った後、わたしはシャワーを浴びいつものソファに座る。
今でも耳に残るのは兵士たちの叫び声。
「.....壁外調査を、お前はどう感じた」
帰還してからリヴァイもわたしもお互いに声をかけることは無かった。しかし突然、そう声をかけられ顔を上げる。
「.....こわかった」
「.....そうか」
わたしは両膝を抱えて言葉を続ける。
「...初めて、巨人を見た時、驚いたけれど怖くはなかった...。みんななら大丈夫だって、思ってたから。
でも...、奇行種が現れた時、違ったの。
みんながあっという間に、巨人に食べられて...。仲間を失っていくのが、すごく、すごく怖かった...っ。
わたし...この力は、巨人を倒すためにあるって、それがわたしの生まれてきた意味だって、思ってた。でも結局、そこには、自分の意思なんてなかった...っ。誰かにまかせて、責任から逃げてたの...。
わたし、誰かを守るために、この力を使いたいっ...。もっと...もっと、強くなりたい.....っ!」
「やっと気付いたか」
その言葉にはっとわたしは顔を上げた。
「今回、お前を壁外調査へと連れていくと案を出したのはエルヴィンだ。
俺は反対した。まだ力を付けるべきだと思ったからな。だが、エルヴィンはこのまま訓練してもナマエの本来の強さを引き出すことは叶わないと言った。
その意味がわかるか?」
「.....エルヴィンは、わたしの考えに気づいてたって、こと...?」
「荒療治だが仕方がないと言ってな。
だが、今回お前を壁外調査に参加させて正解だったようだ。ようやく自分の意志を持つことが出来たんだからな。
お前は、お前のために生きろ、そういうことだ」
かつて、夢の中でエマとクラウスが言っていた言葉を思い出す。「自分の人生を生きていい」その言葉を、どうしてわたしは忘れていたんだろう。誰かが望んでいるから生きるんじゃない。誰かと生きたいと、守りたいと自分が望むから生きるんだ。
「っ...ふ、うぅ....う....」
せき止めていた何かが壊れる音がした。それと共に涙が溢れる。いつだって誰かがわたしに大事なことを気付かせてくれる。
もっと強くなりたい。誰かを守れる強さが、欲しい。
強く、そう願う。
「ナマエ」
リヴァイの声に泣いてぐずぐずになった顔を上げる。
リヴァイは腕を広げていて。わたしは真っ先にそこに飛び込んだ。
リヴァイの肩口に顔を埋めて泣くわたしをリヴァイは優しく抱きしめてくれた。