13
カタン、という物音で目が覚める。
普段はベッドで寝ることは無いが、10分程仮眠をするつもりで眠りについたら思いのほか眠ってしまっていたらしい。
取りすぎた仮眠のせいで重い頭を上げる。
「.....さっきの音はなんだ」
誰に言うでもなく独り言を漏らすと、ぼんやりとしていた頭が徐々に覚醒し、はたと気がついた。
ナマエの寝ているところから音がしなかったか。
なんとなく、嫌な予感がした。
少々急ぎ足でナマエの眠っているソファへ向かう。
「おい、ナマエ.....」
声をかけるも返事がなく、ソファを見るとそこには雑に丸められたブランケットがあるだけだった。
まさか逃げ出したのか、そう考えたがナマエはそんなことをするやつではないだろう。ならば。思い付くのは1つだった。
上着を持ち、おそらくナマエのいるであろう場所を目指した。
その場所へ繋がる扉を引くと途端に冷たい空気が流れる。拠点の屋上。
誰もいるはずのないそこには、月明かりに照らされ薄白く光る白いワンピースが風になびいていた。
...やはりここにいたか。
ナマエは俺が来たことに気がつくこともなく、座って空を見上げているだけだった。
「.....おい、ここで何をしている」
声を掛けると小さな肩は大きく跳ねる。そしてゆっくりと振り向かれる顔。その両目は赤く、涙が滲んでいるように見えた。
****
突然聞こえたリヴァイの声に体は大きく跳ねた。
「リ、リヴァイ.....。
あ...、か、勝手に抜け出してごめんなさい.....」
叱られるかもしれない、その恐怖から言葉は自信なさげに小さくなっていく。
その場から動けないでいるとリヴァイはこちらに速足で向かってきた。何をされるのだろう、殴られるだろうか、そんなことを考えて目を伏せる。
「.....え」
バサリと音がしたと思ったら、途端に冷えた体が少しマシになる。そして広がる、リヴァイの匂い。
リヴァイの、上着...?
「別に部屋から出るなと言った覚えはない。
だが、その薄着で出て風邪を引くかもしれないと考えなかったのか」
怒られると思って力が入っていた体はあっという間に緩んだ。
「ほ、本当は、すぐ戻ろうと思っていたから...」
「うなされていたことには気付いていた」
「.....!」
驚いてリヴァイの方へ目を向けるとリヴァイの目線は遠くを見つめていた。
「この前泣いていたのも、夢のせいなんだろう」
気付かれていた。なんとなく、気付いているとは感じていたけれど。わたしがいることで、迷惑を掛けているんじゃないかそう思ってしまう。
「.....毎日夢を...見るの。エマとクラウスが、わたしのことを裏切り者だ、って言って...2人に殺される夢...。
3人で地上へ行こう、って約束...したから...っ。わたしのこと...恨んでるのかな...って...っ」
押し殺していた感情が涙と一緒に流れてくる。拭っても拭っても、それは止まることはなくて。嗚咽を混じらせながら私は泣いた。
「お前の仲間のことはよく知らんが、ナマエよ。
お前は仲間を信頼してたんじゃねぇのか」
「.....っ」
信頼。その言葉で何度も涙を拭っていた手の動きが止まった。
「確かにお前の仲間は気の毒だが、そいつらは本当にお前のことを信頼してたんじゃねぇのか。
そんな奴らがお前を恨んだりすると思ってるのか?本当に信頼してねぇのはナマエ、お前なんじゃないのか」
「あ.....」
わたしは間違っていたんだ。そうだ。いつだって、2人はこんなわたしを受け入れてくれて、信頼してくれていたじゃないか。2人はわたしのことを信頼してくれていたのに、信頼していないのはわたしだった。
わたしは、馬鹿だ。
「.....わたし、馬鹿だった.....っ。
いつだって、2人はわたしのこと、信頼してくれてた...っ。2人はわたしのこと、ちゃんと見てくれてたのに、見てないのはわたしの方だったんだ...っ!」
苦しい。泣きすぎて、上手く息ができない。
でも、ようやくわかった。1人で気付けないなんてわたしは本当に大バカだ。
「わかったんならそれでいいだろう。
.....もう泣くんじゃねえ。目ェ腫れるだろうが」
そう言ってリヴァイは溢れ出る涙を指で優しく拭ってくれる。その優しさがじんわり広がって、冷たかった何かを溶かしていく。
その優しさに、温かさにもっと触れたくて私はぎゅっとリヴァイに抱きついていた。
「.......おい」
「.....リヴァイ、ありがとう。やっぱり、リヴァイ、優しい」
「優しくはねぇ」
引き剥がされると思ったけれど、リヴァイはそれ以上何も言わず、そっとわたしの後頭部に手を回してくれた。
トクントクン、とリヴァイの心臓の音が聞こえる。
その音とリヴァイの温もりが心地よくて、わたしは瞼を閉じた。