19
ロッド・レイスがいた場所。わたしやエレンが拘束されていたレイス家の跡地へと、残存する敵兵士がいないのか確認するためにわたしたちは向かった。
見たところ、わたしたちと交戦した憲兵たちはみんな崩落した石によって潰されてしまっていた。
そんな時、少し離れて行動していた兵士がケニー・アッカーマンを見つけた、と報告してきた。わたしたちはその兵士に続いて歩く速度を少しあげてその場所へと向かう。
そこには木にもたれかかっている人物がいた。その人は紛れもなく彼で。その姿はあまりにも痛々しく、生きているのかすらわからない。
「ケニー」
リヴァイが声をかけると彼は閉じていた瞼を開く。
「何だ.....お前らかよ.....」
少量の血を吐きながら彼はそう吐き捨てた。
「俺達と戦ってたあんたの仲間は皆潰れちまってるぞ。
残ったのはあんただけか?」
「.....みてぇだ」
「...兵長.....彼も...」
兵士は銃口をケニーに向けたままそう言った。
「報告だ。ここは俺だけで...」
「わたしも残る。残りたい」
わたしの発言にリヴァイは少し目をふせてからこちらを見た。
「...そうか。悪いが一人で報告を頼む」
「了解しました」
彼が立ち去るのを見送ってからリヴァイはケニーに向かって言葉を投げかける。
「大ヤケドにその出血。あんたはもう助からねぇな」
「.......いいや?どうかな.....」
ケニーは笑みを浮かべてから小さな箱を開けた。そこには注射器と小さな瓶に入った液体。
...わたしはこれを見たことがある。ロッド・レイスがヒストリアに打て、と言っていた...脊髄液とそれはとても似ていた。
「ロッドの鞄から...一つくすねといたヤツだ。
...どうも...こいつを打って.....巨人になる、らしいな...。
アホな巨人には.......なっちまうが...ひとまずは延命...できる...はずだ.....」
言葉切れ切れにケニーはそう言った。けれど、今打つよりもその前の方がずっと...これを打つチャンスはあったはず。
「それを打つ時間も体力も今よりかはあったはずだ。なぜやらなかった?」
「あぁ...........何.....だろうな...。
ちゃんとお注射打たねぇと.....あいつみてぇな出来損ないに...なっちまいそうだしなぁ...」
「...あんたが座して死を待つわけがねぇよ。もっとマシな言い訳はなかったのか?」
「あぁ...俺は.....死にたくねぇし...力が...欲しかった。
.....でも.......そうか。今なら奴のやったこと...、わかる...気がする...」
「は?」
リヴァイの反応にケニーは小さく喉を鳴らして笑って言葉を続ける。
「俺が...見てきた奴ら.....みんなそうだった...。
酒だったり...実験だったり...女だったり...神様だったりもする。
一族...王様...夢...子供...希望...力...。
みんな何かに酔っ払ってねぇと...やってらんなかったんだな...。みんな...何かの奴隷だった.....あいつでさえも...」
そんなことをケニーは言ってから苦しげに血を吐いた。そうなってもなお、ケニーはわたしたちに向かって言葉を続けている。
「お.....お前らは何だ!?英雄か!?」
するとリヴァイがケニーの肩を掴み彼の名を呼んだ。
「ケニー。知っていることすべて話せ!初代王はなぜ人類の存続を望まない!?」
「...知らねぇよ。だが.....俺らアッカーマンが...対立した理由は...それだ.....」
ケニーはそう言って再び血を吐く。...もう彼は限界なんだ。
「俺の姓もアッカーマンらしいな?あんた...本当は...母さんの何だ?」
「ハッ.....バカが...。ただの...兄貴だ.....」
「...ケニー。わたしも...そのアッカーマンの血が流れてるんだよね?お母さん?それともお父さんと関係あるの?」
わたしの発言にリヴァイはわずかに目を見開いていた。けれどそんなことに構っていられるほど、今のわたしの心に余裕はない。時間が...ないのだ。
「あんたの母さんはな.....嬢ちゃん、あんたと同い年くらいの時に...一族の争い事に嫌気がさして...逃げたんだよ...。
東洋人と...アッカーマンの血が流れた...珍しい人間で...俺の...古い友人の娘で...」
もうケニーには話す体力すら残っていない。少し話すと先ほどと同じように血を吐いてしまう。
「あの時.....何で...俺から去って行った?」
「俺...は.....人の...親には...なれねぇよ」
ケニーはそれだけ言って、脊髄液の入った箱をリヴァイの胸元に押し付けた。
「.....ケニー」
リヴァイがそれを受け取り、気づいた時にはもう彼はその場で息を引き取っていた。
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そして間もなく、ヒストリアが正式な壁の真の女王として民衆の前で王冠を授与...つまりいつわりの王から真の王へとその権利を返す儀式が行われた。
その場にいた民衆たちはみな、彼女へと祝福の声と希望の眼差しを浴びせている。
その儀式が終わり、リヴァイと二人きりで歩いていた。
「...リヴァイ。ヒストリア、とっても綺麗だったね。そろそろみんな...来るころかな」
気まずいわけではない。けれど歩いていても何も話すわけでもなかっただけ。
「...あぁ。
.....ナマエ、これが終わったらケニーから聞かされたお前のことを話してくれないか」
その言葉にわたしは静かに頷いた。すると奥からヒストリアやエレンたちみんなが歩いてきているのが見えた。何やら話が盛り上がっているようだ。
そしてわたしたちの元へ来た時、やけにヒストリアの表情が焦っているように見えたので不思議に思う。
「っ.....うッ...あああああぁ!」
「えっ!」
ヒストリアが拳を振り上げ、その拳でリヴァイを殴ったのだ。驚きのあまりわたしは声が出ない。
「ハハハハハハハ!どうだー!私は女王様だぞー!?文句あれば...」
「お前ら.....ありがとうな」
リヴァイは静かに微笑んで彼らにそう伝えた。