……本当に、それだけ。
ノルナゲストの記憶の場に残っていたのは、私の最期。
思い出したくないなんて言わない、と思っていたが……正直これは辛かった。
「……リトス、ガクガク震えてるなぁ。寒い?水の中だから?出る?」
思い出させた張本人は、まったく心のこもっていない声でそんな事を言った。
ああ、うん、そうだね……泉の外にも出たいよ。
服に水が染み込んでくる気持ち悪さは、尋常じゃない。
鋭利な刃物で刺されるのも、相当気持ちが悪かったが。
血が、自分の体内にあったものが外に出て、自分を汚すのだ。
とにかく気分がいいものではない。
「……あなたを、ゲイボルグを思い出したくなかったのは、これを思い出したくなかったから……」
今までゲイボルグの記憶を拒絶していた理由にも、答えが出た。
ゲイボルグの事を思い出せば、自然と最期も、死ぬ瞬間も思い出していく。
最期の瞬間の恐怖を、きっとテュケーは忘れたかった。
だから、私は思い出すのを拒んだ。
一番の大切を切り捨てた。
最期の恐怖を忘れる為。
「最期の恐怖を切り捨てた事で、現世で私は死への恐怖も執着もまったくなかった訳か……」
普通、逆だと思うのに。
トラウマのようになって、死が迫れば恐怖を感じると思うのに。
「忘れた訳だから、拒絶した訳だから、恐怖も何も感じる隙はないって事かな……彼女お得意のどうでもいい?いつも以上に酷いのね、このどうでもいいは……」
お陰で、私は死への執着がまったくなかった訳だ。
自分だけでなく、他人の死まで。
……他人の死については、ゲイボルグの使い手であった事も原因にはなっているだろうか。
きっと彼と一緒に殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し回っていたのだから、生命なんて簡単に死ぬものだと思っているのだ。だから死んだって、どうでもいい。
「あぁ、本当にひどいこと思い出した……」
「いや、まったくですよ?せっかく同じ苦しみを分かち合おうと思ったのに何でリトスは一人で語って納得しちゃってるんですかね?放置プレイ?ボクするのは好きだけどされるのはお嫌いよ」
「聞いてないよ」
ハスタは口を尖らせて、私の体に絡み付いてくる。
……この人、こんなにスキンシップ旺盛な人ではなかったよね?
顔を覗きこめば、見慣れない顔をしていた。
なんて表現すればいいのか分からない。
見慣れない、というより……見た事がない表情だから。
獲物を見つけた時の表情に似ている気もしたが、それとは違う気がする……。
「……私、思い出したくなかった。こんな……アスラ様に、ルカに殺される記憶なんて……」
本能的にこの表情はヤバイと判断し、私は目線をそらした。
何とかしてこの腕から逃れられないかと考察する。
「思い出したくないなんて、本当にヒドイこと言いますな、リトス?俺は死にそうなほどツラかったのに。むしろ、テュケーちゃんが殺された後、オレっちも真っ二つですよ」
「……あ、そうだったの?うまい感じに逃れられなかった?」
「テュケーちゃんの血に見とれてしまって、その隙に……あー、デ、デ、デ……デュッセルドルフ?で、パキーンって」
「デュランダルね。というか見とれてたって……心配くらいしてよ、好きだったのなら」
「……なはは〜。ウソウソ。ボーッとしちゃったんデス、ゲイボルグも。テュケーちゃんがあっさり倒れるもんだから、信じられなくて、信じたくなくて……クソガキクソガキ言ってた気がシマスヨ?」
心なしか、ハスタの声に元気がない気がする。
口調はいつもみたいにふざけてるんだけど……。
「……辛かった?」
「だからさっきからそう言ってるの。リトスは賢いから、分かるでしょ?」
「あ……ごめん、愚問だった」
そういえば、「後悔している」と記憶を見る前にハスタは言っていた。
後悔って、何の後悔?
戦いに明け暮れていた事?違う。
アスラ様達を殺せなかった事?違う。
テュケーを死なせてしまった事だ。