よく、彼の言葉の意味を考えた。
『味方以外は全て敵。自分以外は全て敵』―――。
それって、彼には味方がいないと云う事なんだろうか。
それって、凄く寂しくて悲しい事なんじゃないだろうか。
満面の笑みで槍を振るう彼に、寂しいだとか悲しいだなんて感情、一見見受けられないけれど。
「リトスッ!どこを見てるんだい!?ちゃんと俺を見て……もっと殺り合いましょーぜッ!?」
彼は……彼だって、テュケーだ。
テュケーの狂気を受け継いでいるのだから、彼女の孤独を受け継いでいたって不思議じゃない。
私は、みんながいた。
前世とか関係なく、仲間ができた。
私は……孤独ではなかったよ。
だから、ねえ。
教えてくれませんか。
あなたはどうだったんですか。
あなたは―――。
「ハスタビームッ!」
「……くっ、」
何処を見つめているんですか……?
「リトス!下がれッ!こいつをぶっ倒すのは……オレだッ!!」
私を押しのけ、スパーダがハスタに剣を突きつける。
「雷神轟天撃!」
帯電した双剣がハスタを斬りつける。
「連牙飛燕脚!」
続けて横から来るのはエルマーナの連続攻撃。
イリアとリカルドさんも容赦なくハスタに銃口を向け、発砲。
みんな、ハスタを殺す勢いで向かっている。
ハスタも、私達を殺す勢いで向かってきている。
「……」
ハスタの表情は楽しそうだった。
玩具で遊ぶ子供のような表情。
ああ、そうなんだろう。
彼にとってはこんなの見世物小屋で行われる道化の戯れのようなもので―――。
「デビルミラージュ!」
私はそれが気に食わない。
虚しくないですかと訴える。
虚しいに決まっている。
分かるんだ。
だって私は、虚無を覚えたから。
「……ッ、今の、リトスちゃんの攻撃、かなー?なんだか力が一瞬抜けた気がするケド」
「そういう技なんですよ。相手を弱体化させる技。マトモに戦ったら私なんてすぐに負けますからね」
「……リトスちゃんのその喋り方俺嫌いだなー!」
「ッ!」
一瞬の内にハスタは私の目の前にやって来る。
そして、槍を振るった。
槍の刃は私の頬を切って、真紅の血を流れさせた。
「リトスちゃんも……敵?敵なら……殺すけど」
「―――どっちだと思います?」
私がそう聞けば、ハスタは喜んだように笑った。
「リトスちゃんのその読めない顔好きだよ」
「あなたにだけは言われたくないですね」
私から言わせればハスタの方が読めない。
読めないどころか、今となっては理解すらも追いつかない。
それにも関わらず私は彼を理解したいと思ったのだから……やはり私は『愚者』なんだろうか?
「……」
チラッと左手で指挟む『愚者』を見つめる。
“そろそろ頃合”と妖刃が言った。
なら……と私は『愚者』を構えようとした。
しかし。
「なになにリトスちゃんよそ見ぃ!?よそ見運転はいけませんよ、事故の元!!」
「ッあ、」
ハスタの一瞬の殺気に身が金縛りにあったかのように動かなくなる。
あ、これはマズいかもしれないなと勘で思った。
「この歌を家族と犬に捧げます……」
彼の口調はふざけていたが、いつものように笑えはしなかった。
これは。
「いくにゃー!」
ハスタは高く飛び上がり……よく見慣れた姿へと形を変える。
思いがけず、私はその姿に見とれた。
青白く輝くクリスタルの刃。
不気味なほどに美しいそれは、わたしが魅入られた魔槍の姿。
「リトスッ!」
弟の聖剣は私の名を叫んだ後に「逃げろ」と続けたが、私は逃げなかった。
その槍をこの身に受けても、今は後悔しない。
彼の方から私の身を貫こうと言うのなら……むしろ、好都合だ。
私は改めて『愚者』を構えた。
私が構えたのと、ゲイボルグへ姿を変えた彼が私を突き刺そうとしたのは同時だった。
「煉舞羅刹槍!」
覚醒した彼の技をまともに食らう。
だけど、いつもの打たれ弱さは今の私にはなかった。
「……残念賞をあげましょうか、ハスタ!」
「……!?」
そこで私は。
初めて戸惑った様子のハスタを見た。
これからはもっとそういう表情を見せてくれないだろうか。
そんな淡い期待を抱きながら、私はハスタの攻撃によって受けた傷口から流れる血を指に掬い、『愚者』に滑らすように塗った。
瞬間。
『愚者』に風の力が集まる。
「―――殺戮の宴……」
『愚者』のカードは風を纏いながら槍へと姿を変えた。
ハスタがゲイボルグに変化したものに比べればだいぶ小振りなものだが……私にはこれで十分だ。
槍の扱いも……大丈夫。
ゲイボルグを使っていた頃の感覚が残っている。
「解放されろ、愚者共の見世物小屋から!」
槍を両手で持って、舞うようにハスタに斬りかかる。
斬りかかると云っても所詮は風だ。大した攻撃力にはならないだろう。
「リベラシオン・ロア・フール!」
だからこそ―――爆発させる。
「終わりにしましょうか、道化師」
その声がハスタに聞こえたのかは分からない。
でも、私の攻撃を甘んじて受ける彼にも、本当は分かっているし伝わっているんだろうか。
テュケーの願いを。
私の願いを。
私とテュケーは違うと云う事を。
ハスタは笑っていた。
綺麗な笑顔だなと私は思った。
槍を象った風は『愚者』ごと爆発する。
爆発による爆風は、目を開けるのも困難になる程の強い力で。
これをまともに食らったら一体どれほどの傷を受けるのだろうと、少し心苦しくなった。
「ハスタッ!!」
私は彼の名前を呼んだ。
爆風が完全に止んだ時。
彼は地に倒れていた。
まるで死んでいるかのように微動だにしない。
「ハス……タ……?」
私は一歩足を前に進めた。
その時、彼は唐突に笑い出した。
「ハハハ!ハハハハハ!」
「ハスタッ……えっ、げ、元気……?」
確かに一応力加減のされた攻撃ではあったが、身動きはできる余力は残らないはずだ。
運が悪ければ腕の一本は覚悟しなければならない程の爆発だったと思うのに。
しかし、やはり彼は彼だった。
こんな時でも彼は道化を演じるようだったらしく、でも、それすらも限界らしい。
疲れたような表情をしたハスタは、愛おしいとでも言いたげに私を見る。
「あー、ウソウソ。ウソだよ。カラ元気で〜す」
「カラ元気って、あなたね……!」
「……オレ、し……死ぬのか……?なんか……ヤダなぁ〜!くそぉ〜〜〜!」
「…………ハスタ」
私は彼のすぐ側に寄る。
その場にへたり座って、ハスタを見た。
すぐ側でよく見れば、かなり傷ついている事が分かった。
「う……いてェ……。ああ……なんか、もういいや……疲れた。弱いヤツが死ぬのは、世の道理」
「ちょ、ちょっと……死ぬって……勝手に何言ってるんですかッ!そんなの許しませんよッ!?」
「……およよ。これはレアですなぁ」
「は―――」
また何意味の分からない事を……と私は彼に苛立ちをぶつけようとしたが、彼はお構いなしにその手を私の顔に向けてきた。
「リトスが、泣いてる」
その言葉に私は絶句する。
泣いてる?
私が?
嘘だ。
今まで泣く事だけは絶対になかった。
何があっても、雫を頬に伝わす事はなかった。
「何をッ、馬鹿な事……!デタラメ言わないでもらえますかッ!?」
「いや、オレ、ウソなんてついてないよ」
「ホラ」とハスタは私の目元に触れる。
そこでやっと気付いた。
私はどうやら……泣いているらしい。
「えっ……そんな……う、嘘……」
「オレっちの為に泣いてるんだー、リトス……嬉しいねー」
「違います!な、何で私泣いてるんですかッ……!?」
「それをハスタさんに聞かれても、困ると言いますか……」
まさか……怖かったのか?
ハスタが死んでしまうかもしれないと思ったのが?
……怖かった。
……死が、怖かった?
「なぁリトスちゃん」
「……何ですか」
「おおう、泣きながらのまさかの仏頂面。もっと可愛い顔してよー」
「早く要件言って下さいッ…!!」
ハスタは私に呆れ返っていた。
ハスタに呆れられるなんてなんて屈辱的とも思ったが……次のハスタの言葉で私は涙なんて引っ込む程の目眩に襲われた。
「リトスちゃん、さ―――俺のこと、愛してる?」
そこで私はリトスの導きを思い出したのだ。
『迷っていいのはあと一回』と。
なるほど。
ここか。
確かに何て言えばいいのか迷うところだが……。
私の中では、すでに答えなんて決まっているんだけどな……。
どうするべきだろう。
「……私は、」
私は―――。