これは哀じゃない・4





「んっ……んんっ……」

―――重い。
瞼を開けるのも重いが、それ以前に身体が重い気がする。

……私って、どうなったんだっけ?

北の戦場に行って、ハスタと会って……ああ。
私……誘拐されたんじゃなかったか?

連れ去られて、それで……ここは、どこだ?レグヌム軍のどこかとか言わないよね?

「いや……それより……寒いッ!?」

肌が感じる針のような寒さに、思わず私は目を開けた。

「ハローハニー♪ご機嫌いかが?」
「うわっ……!?」

目を開けたら目を開けたで視界に飛び込んでくる道化の男。

「ハスタ……」

私は今自分に置かれた状況を、あくまで冷静に分析してみる。

私はどうやらベッドに倒されているみたいだ。
背中が妙に温かく、柔らかい。
頭を横に向けて、窓が見えた。
窓は、開いている……。
白いものが絶え間なく落ち続けている銀世界。
動くのもイヤになるこの寒さ……。
馬鹿じゃないのか、どうして窓が開いているんだ。
寒いだろう。
雪が窓から部屋に入り込んでもう寒いというより痛い。

「……ここって、テノス?」
「うん、テノスの宿屋。鍵が開いてたからこの部屋入ったの」

ハスタは私の上にのし掛かりながら、楽しそうに笑っている。
それは、不法侵入というやつではないか。

「あのね……ハスタ……」
「ん〜?」

彼は私の髪を梳くようにして、頭を撫でては愛おしそうに目を細める。

「何でもいいけどさぁ、リトスちゃん答えは出た?」
「……出てない」
「だと思った!」

ケラケラ笑うハスタに私はため息しか出てこない。
分かっているのなら私を連れ去る意味なんてないはずだろう。

「きっとリトスは俺への想いを否定するからね」
「……はい?」
「君は、俺を好きになってもそれは前世の想いだって言い張るんでしょ?俺が好きで仕方ないくせに……リトスってば、照れ屋さん!」
「……」

この人は……自意識過剰なのだろうか。
私は友愛的意味でハスタに好意を持っている訳で、それ以上でもそれ以下でもない。

「ねぇ、本当はオレのこと好きでしょ?愛してるんでしょ?」
「……」
「ん?リトス、無視?」
「……」
「……ねぇ、リトス?死体ごっこでもしてるの?」

お願いだから……そんな顔で私を見ないで。

そんな縋るような顔で。
そんな悲しそうな顔で。

私を見ないでよ……。

怖いんだ……。

この気持ちを揺さぶられるのが。
この気持ちが揺らいでしまうのが。

ハスタを愛してはいけない―――それは、使命に似た気持ちだった。

仮に好きになったとしても……駄目。
愛しちゃ、いけない……。

「オレはこんなにリトスを渇望しているのに……リトスには俺の苦しみが分からんのかい!?」
「……へぇ。あなたにも苦しむって感覚あるのね……」

ハスタに組み敷かれながら、私ができるのはせいぜい強がる事だった。
私が強がっているのはハスタにはお見通しだろう。
どこか上機嫌に見える。

「リトスにだけだよ。オレが本気で笑うのも、泣くのも、怒るのも、喜ぶのも……オレを揺らすことが出来るのはリトスだけなんだ」
「……そうなんだ。でも、そうだね。私も、あなたのせいで揺れるのよね……」
「ハハッ!すごい!お揃いだね、ボクたち!」

ハスタが私に抱きついた。
息が首筋に当たってくすぐったかったが、私は抵抗しなかった。

その時再び脳裏に浮かぶのは、北の戦場で立てた私の仮説。

ハスタとテュケーの類似点に関する謎への『答え』。
ハスタに聞いてみてもいいが……彼が真面目に応じてくれるだろうかと思った。

この『答え』は、彼も否定したい事かもしれない。
私も、『答え』が正解だった場合……自分を自分と保てる自信がない。

それこそ、迷宮の出口なんて見つからない。

「前世の縁なんて本当に関係ない想いなんだ……って言いたいところなんだけど、そりゃあ無理な話ですぜ。少なからず意識しちゃうよ。前世も現世も恋人……ああ、なんて嬉しいことか!本当に運命だよね!俺は本当に幸せだし、幸せにするよ。……大丈夫……オレはゲイボルグと違って大好きな子はちゃんと愛するから」
「…………『ゲイボルグと違って』?」

私はその言葉に反応した。

「どういうこと?」

ゲイボルグは、テュケーを愛していただろう。
テュケーにも劣らない歪な愛情だと思ったが……。

そうではなかった?

「ちゃんとテュケーちゃんを愛してたけど、ゲイボルグは馬鹿だった」
「……馬鹿だった?」
「そのまんまの意味。ゲイボルグはテュケーちゃんが大好きで大好きで大好きすぎて、殺しちゃいそうだった。だけど殺したらテュケーちゃんは居なくなる。だけど愛したい。愛せば殺したくなる。……ゲイボルグはそんな矛盾で頭を悩ませていたのでした。おーっと、槍に頭があるのかってツッコミはナンセンスだからね?」

それよりも……『愛す』と『殺す』は同意義か……。
……いや、何も言わなくてもいいか……それが彼らの愛情形態だったんだから。

「ゲイボルグはテュケーちゃんが自分の愛に殺されないよう、テュケーちゃんを愛したい想いを抑え込んでた。テュケーちゃんを自分の狂気から守ろうとした。自分がテュケーちゃんを愛さないことで、テュケーちゃんを守った気分になった」

おかしな話だろ?とハスタは笑う。
確かに、槍が盾のように「守る」だなんて……それはそれでイカレている。

「どうせ#テュケーちゃんが欲しがってた『永劫の安息』は二度と手に入らなかったんだ。だったらいっそのこと、破滅の道に向かえばよかったんだよ。オレだったらそうしたよ!」

結局、テュケーもゲイボルグも終わりを迎えてしまったが……。
ゲイボルグは、後悔しただろうか。
死んでしまったという事より、テュケーを思い通りに愛さなかったという事を。

「なぁ、リトス……」

ハスタに名前を呼ばれて、私はハッとする。
ハスタの表情を見て、身体が固まる。

「オレな、リトスとなら一緒に終わっていいと思ってる」
「え―――」

彼の表情は、今までに見たどんな顔より、人間らしかった。
苦痛に顔を歪ませて、憎悪に似た何かを含んだ顔で私を見ている。

「どうして……どうして分かんない?俺はリトスが好きなのに。何で?伝わってないの?好きなんだよ?好きなのに好きなのに好きなのにッ!!もっと?もっと愛さなきゃならないの?オレのことを見てくれないリトスなんて……オレを愛してくれないリトスなんて……あーッ、殺してやりたいッ!!」

手首が強く締められ、私は小さく呻く。

「……リトス、死ぬの怖い?」

恍惚とした声が耳元に流れる。

「……いいえ。残念ながら、ちっとも怖くないの」
「いいよ。リトスのそういうとこ超好き」

ギリギリとイヤな音が手首から漏れる。
痛すぎて、感覚も感じなくなってきた。

「私の事、殺すの?」
「殺せばまた転生する。そしたらまたリセットだ。……オレのこと好きになるまで、転生を繰り返せばいいんじゃないの?」

これは……いよいよ殺されるかもしれない。

「でも、なァ」

しかし、ハスタは迷っているみたいだ。

「転生したって、それはリトスじゃないんだよな。リトスがいいのにリトスじゃない……」

彼が好きなのは……あくまで『リトス』。
それでは、私を殺すという選択肢は最終手段なのだろうか。それも、いつまで保つことやら……。

やっぱり、駄目なんだ。

私はハスタを愛せない。
好きだとしても、決して愛にはならない。

「私は……あなたを愛せな……ッ!」

全て伝える前に、ハスタの手が首にかかった。
首に圧迫感が押しかける。
どうやら首を絞められているらしい。

「聞きたくない!そんなのオレが望んでる答えじゃない!聞きたくない、聞きたくない!!……あ、でも、実はちょっと聞きたかったりして……ハハハッ!リトスみたいに矛盾してる、オレも!」
「……かっ、」

呼吸が苦しい。
目の前が霞む。
意識が朦朧としてきた。

死ぬのは簡単だ。

本気で死んでしまう、これは。
いいのか?

ああ、いい。

……もう、どうでもいい……。

どうせ死ぬなら、私には関係ない……。

終わってしまえばいい。

だって、どうしても駄目なんだ。
死んで、リセットしてしまえばいい。

逃げてしまえばいい。
死んでしまえばいい。

うん……それが一番いい。

意識はハッキリしてない筈だが、私は何故か自分が笑っているのが分かった。
自分が死ぬっていうのに笑うなんて……どうやら私もイカレているらしい。


―――本当に……いいのか、クソガキ。


ああ、いいんだよ、これで。
何度も言わせないで。

目の前の男と重なる声に、私は笑う。
全身の力が抜けるのを感じる。
私の力が抜けても、首を絞める力が抜ける事はない。

「やっぱり……リトスがいい。俺はリトスが好きだから。……でも、俺の中の……は、……だから、……愛さなきゃ」

彼が何か言っている。
どうでもいいけど。

唇に生暖かいものが触れて、私は意識を手放した。
目覚めることは、もうないのだろう―――。




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