悪が判別できない・1





おじさんはその日、鎌を打ち続けていた。
魂の込められていない、しかし、強大な力を持った武器を造っていた。

「おじさん、今造ってる武器はどこで使うの?やっぱり戦場?」
「これは、地上人の魂を狩るためのものだ」
「……魂を、狩る?」

わたしには、魂を狩るということの意味がよく分からなかった。
地上人は分かる。堕ちてしまった神様。わたしの一族がそうだ。

「天上界維持の方法は知っているか?」
「よく分かんないけど、死神って方々がやってくれてるんでしょ?」
「……ああ、そうだ。しかしな、」
「?」

おじさんは刃を打つ手を止めて、その手をわたしの頭の上に乗せた。
熱さも持った手で少し乱暴に撫でられて、わたしは何度も振り子のように首を傾げる。

「なぁに?」
「テュケーにはまだ早かったな。もうしばらくの時が経ったなら話そう」
「ええーっ、なんか子供って言われてるみたいでイヤだ!」
「……子供だろう」
「子供じゃないもん!」

頬を膨らませて、わたしは鍛冶場を出る。
後々で思えば、これは完全に子供がやることである。
いや、別に構いはしない。わたしはまだ子供だったのだから。
拗ねたわたしは武器たちと話しでもしようと思い、保管庫とも云う部屋を目指す。
今ここに在る武器は誰がいたっけと考えながら、部屋に入った。

「……っ?」

部屋に入って、すぐに「あれ?」っと思った。
武器ではない気配がした。
知らない神様の気配。

「……お前は」
「……ッ!」

知らない声に体が固まる。

「ご、ごめんなさい。部屋、間違えたみたい。……です」

たぶん、この神様はおじさんのお客さんだ。
そしてわたしは部屋を間違えた。
いつも勘で辿り着いていたから、大丈夫と思っていたのがそもそもの間違い。
あまり自分の勘を過信してはいけないとわたしはここで学んだ。

「そう怖がる事はない。バルカンの娘だろう?」
「む、娘では……ない、ですけど」

穏やかな声にわたしの警戒心はあっさり解ける。
優しそうだから大丈夫、という子供の思考である。

「でも、娘、みたいなものって、おじさんは言ってた」
「名は確か、ノルン・テュケーだったな」
「……わたしのこと、知ってるの?」
「少し前に運命神達が地上に堕ちた話を聞いてな。お前はそれを逃れた子だと思ったのだ」
「うん、そうだよ。わたし、生まれたばかりだったから」
「可哀想にな。辛かったであろう」

目の前の神様はわたしの頭を撫でた。
おじさんより丁寧な撫で方で、おじさんよりも冷たい手だった。
いつもとは違う撫でられ方に、わたしは違和感を覚えた。
別に、嫌ではなかった。

「地上に行く時、他のノルン達の様子を見て来よう」
「えっ?ええっ、いい!……あっ、いい、です」
「何故だ?」
「だっ、だって、知らないもん、誰も……知らない人達の様子なんて知っても……」

意味がないから。
その言葉は声に出さずに飲み込んだ。
わたしは、本当に他のノルンたちに興味なんてない。
知らない人達の喜びも、悲しみも……わたしには関係ない。

「母の様子を知りたいとは思わないか?」
「思わないよ」
「迷いがないのだな」
「だって、わたしの親はおじさんだもの。親じゃないけど親なのはおじさんだけなの。わたしは、母親なんていないの」
「……」

神様は黙っていた。
黙ってただわたしの頭を撫でる。

「死神タナトス。頼みの物が……」
「あっ、おじさんっ?」

おじさんの声が聞こえて、わたしはおじさんの元へ駆け寄った。
先程のやりとりのことなど、わたしはもう忘れている。

「テュケー?お前、ここにいたのか?」
「うん。話してた!」
「ああ、貴殿は良い娘を持った」

よく分からないが、わたしは褒められた。

「テュケー。少しここで待っていなさい」
「お仕事は?もう終わりなの?」
「ああ、これで終わりだ」
「じゃあ待ってるよ」

わたしが笑って応じると、おじさんと客である神様は出て行った。

「……死神タナトスって言うんだ。あの神様」

わたしにしては珍しく、他者の名前を覚えることができた。
しかし、結局はわたしだ。
わたしが一応大人であると判断される年に達した時には、彼の名前も存在も、すっかり忘れてしまっていた。



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