短い話・ダンガンロンパ | ナノ

何も求めない



戸叶さんは、紙に包まれたキャンバスを突き出してきた。

「苗木くん」

その表情はとても穏やかで、幸福感に満ちている。
何で戸叶さんがそんなに幸せそうな顔しているのと、可笑しくて笑いそうになってしまった。

「苗木くん、今日何の日だか知ってる?」

知ってるも何も。
ボクはキミ以上に今日っていう日を体験しているもの。

「ボクの誕生日、かな?」
「聞くまでもなかったね」

花が咲くような笑顔。子供らしく、純粋で。
ああ、ボクはこの笑顔に惹かれているんだなと思った。
きっと、みんなもそうだ。この笑顔に惹かれている。
彼女の笑顔に、救われる。

「それで、誕生日だから、絵を描いてくれたの?」
「描いたんじゃないんですよ、それがー」
「えっ?」

しかし、彼女が手に持っているのは、キャンバスというやつだ。
彼女の事だから、絵でも描いたのだろうと踏んだのだが……違うらしい。

「開くね」
「あ、ボクが開けるんじゃないんだ」

いや、彼女らしいって言えば彼女らしいんだけども。
戸叶さんは丁寧で、それでいて素早い手つきで紙を取った。
紙に包まれていたのはキャンバスで間違いなかったが、描かれていたのは、確かに描いている絵ではない。

『描いた』ではなく、『押した』だ。

「押し花……?」
「みたいなもんかな。引っ付けた」
「ひ、ひっつけ……?」

戸叶さんの表現はともかく、キャンバスに広がるのは押し花のようで間違いないようだ。

「見たことない花だよ」
「翁草っていうの」
「おきなぐさ……?」
「そ。君の誕生花」

ボクの、誕生花。
2月5日の、誕生花か。

「花言葉はねー、『何も求めない』。君みたいだよね」
「えっ、ひどいよ」
「だって、無欲なとことかそっくりじゃん」

戸叶さんはキャンバスを抱えて楽しそうに笑う。
ボクの誕生日なのに、自分の誕生日のように、楽しそうに。
……きっと、ボクの誕生日じゃなくたって、彼女は喜ぶんだろうな。
他者の喜びを、自分の喜びに変換してしまうから。

それは、ちょっと悔しい。

「キミが思っている以上に、ボクは貪欲だよ」
「あはっ、ダメだよー?無欲に生きなきゃ。無欲の勝利ってよく言うじゃない」
「……うん。そうだね」

きっとキミがボクの手を取ってくれるには、無欲でないといけないんだと思う。
でも、そうできないのが人間ってもので。求めてしまうんだ、どうしても。

「そっかぁ。苗木くんは貪欲なのかぁ。それじゃ、翁草を見習って何も求めないようにしなくちゃね。そしたら、自然と幸が降ってくるかも」
「それはいいね」
「でしょう!」

彼女はキャンバスをボクへと押し付けた。

「大切にしてね。頑張って作ったんだから」
「うん。言われなくたって、大切にする」
「本当かなぁ。舞園さんや霧切さんにプレゼントもらったら浮かれて、私のやつなんて忘れちゃいそう」
「忘れないよ。大丈夫」

彼女が笑う。

うん。十分だよ。

もう、キミの笑顔だけで、ボクは十分。

その笑顔が見れたから、もう何も求めないよ。

……なんてね。



何も求めない
(やっぱりボクは貪欲)
(え?何で?)
(キミからの「おめでとう」を求めてるから)
(……あ、ごめん。プレゼント、渡すことだけ頭にあってすっかり忘れてた)
(……え。忘れてただけ?)
(うん。ごめん。誕生日おめでとう。苗木くん)
(……はは……ありがとう……)


戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -