短い話・ダンガンロンパ | ナノ

跡形なく、明晰夢


約束だけは破らなかった。
約束だけは守ってくれていた。
その事実だけが私にとって彼を信頼する理由であって、揺らぐことのない絶対的な関係の根っこだと思っていた。
大和田くんは暴走族だなんて反社会的存在のくせに曲がったことが大嫌いだったから。
大和田くんは不良だなんて単純に怖い存在のくせに人間味に溢れて優しい人だったから。
私はそんな大和田くんを見ていて、ああ、彼が幼馴染みで良かったなぁなんて、ふとした時に真白で空っぽな頭で考えるのだ。
空っぽの頭で考えるものだから、その思考回路は原色や一本線のような単純さで言葉と感情を選んでいく。

「あのさぁ、大和田くん。私ね、君のことが好きだよ」

ある意味、口先だけの言葉とでも云うのだろうか。
深く考えていない、軽い言葉。
しかし、決して嘘ではない。

「君の人間性が好き」

そもそも、嫌いなわけがないだろうと思うのだ。
嫌いになる理由がない。
嫌いじゃなければ、残るのは好きか?それはそうだと断言はできないが、そんな難しいことは考えなくていい。
これはもっと単純なお話だ。

「ねぇ、大和田くんってば。聞いてる?……聞こえてる?」

夕焼け色が差す教室に、自分の席に着いて机に突っ伏したままの大和田くんは何の反応も示さない。
今日の授業は全て終わって、もう下校時間になるのにずっとこのまま。
眠っているにしてはイビキなどもなく静かすぎて、死んでいるのではと思ってしまう。
疲れているのだろうか、いいや、ただのサボり癖だ。

「ねぇ、大和田くんってば。私、待ってるの飽きちゃったよ」

夕焼け色に染まったスケッチブックの表面で、ばしばしと大和田くんの頭を叩いてみる。
反応はない。

「死んでるの?」

あまりにも反応がないので、私はわりと本気でそう思ってしまった。
大和田くんの顔を見たら生気が抜けているんじゃないかと、現実的ではない想像をしてしまう。
私は机の正面にやって来て、しゃがんでみる。
机に突っ伏した大和田くんの頭に視線を合わせてみる。

「……んお、」
「あ、生きてた」

じっと見つめていると、大和田くんの頭がぐらりと動いた。
眠りが深すぎてバランスを崩したらしい。
間抜けした声を出しながらぼけっとした顔でこちらを向いたものだから私はくすくすと笑ってしまった。

「おはよう、大和田くん。もうとっくに授業終わったよ」
「んだよ、ずっと待ってたのか?流火」
「うん。ずっと絵を描いて待ってたよ。飽きてきたところだったから、丁度良かった」
「起こせばよかったろ」
「起こそうとしたよ、叩いたよ。でも起きなかったのは、大和田くん」
「そうだったか?」
「そうだったよ」

私は笑いながら、帰ろうと言葉を付け加える。
夕方は言っても既に下校時間は過ぎている。
学園内にある寄宿舎が帰る場所とはいえ、あまり遅くなるとどこかの生真面目な人には怒られてしまうかもしれない。
大和田くんという存在が既に怒られるべき存在といえば、それはそうなのだが、一応はそれだって才能として認められているのだ。
高校生という多感な時期で、才能のおかげで明確なアイデンティティが確立されている。
それが保証されていることと、それだけであると制限されていることの、どちらが幸せでどちらが不幸せなことか。
私はともかく、彼はいつまでもそうという訳にはいかないだろう。
大和田くんが認められる存在は、あまりにも暴力的すぎる。
不良を束ねるカリスマ性、という意味ではプラスなのかもしれないが。
大和田くんの人間性は良いのに、勿体ないと思う。

「あのさぁ、大和田くん」
「んだ、どうした?」
「なんか、夢とか見てた?」

大和田くんが言葉に詰まる。
質問の意味でも考えているのだろうか、そんなこと考えなくていいのに。
だからこれはもっと単純なお話だ。
私はとても単純なのだ、大和田くんの行動原理と同じように。
仮にも幼馴染みだから、そういうところはそっくりなのかと……自惚れてみてもいいだろうか?

「……流火は」
「うん?」
「流火はどうだよ。夢か何かでも見てんのか?」

今度は私の言葉が詰まる番だった。
まっすぐ向けられた薄紫色の瞳は、夕焼けの色に溶けない。
夕焼けはいつの間にか沈みきって、歩いていたはずの廊下は真っ暗で、白熱灯の頼りない明かりだけが私たちを照らしている。

「そうだね、夢を見てるよ。今。夢を見ている」

約束だけは破らなかった。
約束だけは守ってくれていた。
君はいつまでも私のそばにいてくれて、守ってくれるのだと思っていた。
けれど、そうではなかった。

「君が生きている夢を見ているよ」

私の言葉に、大和田くんはバツが悪そうにして、笑っているとも泣いているともつかない表情をしていた。
嗚呼。
このまま目が覚めたら、君と不二咲くんが居なくなってしまった次の日の朝だ。


跡形なく、明晰夢
(無条件で君を信頼していた)
(だからこの生活で君がオシオキされてしまうなんて考えてもいなかった)


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