短い話・ダンガンロンパ | ナノ

とある日常の一幕から


大和田の部屋には二人分の呼吸が存在していた。
部屋の主である大和田のものと、流火のものだった。
特に何がある訳でもない休日で、流火は何となく大和田の部屋を訪ね、我が物よろしく大和田のベッドでくつろいでいた。
スケッチブックを一頁一頁大切に眺めながらめくり、眺めながらめくりを繰り返す。
大和田はベッドに横になってスケッチブックを眺める流火を横目に見つつ、深く息をついた。

「自分の部屋でもねぇくせに、よくそんなに落ち着いてられんな」
「だって大和田くんの部屋だもの」
「答えになってねぇし」

流火は大和田の方を見ずにクスクスと笑う。
特に何かをしている訳でもないのに、楽しそうだった。
ここは大和田の部屋であるにも関わらず、むしろ落ち着かないのは大和田の方で、彼はベッドの端にぎこちなく腰を掛けていた。

「なんていうか、その、あれだよ。大和田くんの部屋だからっていうと、また違うね」
「あ?」
「大和田くんがいるからさ、落ち着いていられるんじゃない」

君の側は心地が良いよ、とも付け加えられて、流火はスケッチブックをめくった。
スケッチブックに描かれていたのは青や紫を主とした水玉が滲んだような模様ばかりで大和田にはさっぱりその価値が分からなかった。
スケッチブックの青からも、流火の赤からも、大和田は気まずくなって目をそらし、その辺りに置きっぱなしにされていたバイク雑誌を手に取った。
読もう、という気分ではなかったが、流火の世界観に乗ってやる気分でもなかった。
今は付き合ってやれる気分じゃない。
バイク雑誌を開いた大和田に何かを感じた流火は、大人しく再びスケッチブックを眺め始めた。
同じ空間にいるが、全く別のことをしている。
それは決して互いの無関心さではなく、親しさの行き過ぎたものを表していた。
別に誰かが同じことをしろと課した訳ではないし、そんなルールが存在した訳でもない。

「あのね、大和田くん」
「何だ」
「眠い」
「……んで?」
「なんか寝そう」
「そうか」
「寝たらよろしく」
「おう、任せとけ」

何が任せておけなのか、大和田は自分の発言に苦笑しかけたが、それ以上に次の瞬間の流火の行動に戸惑いと驚きを隠せなかった。

「……おい、流火?」

流火の両手から力が無くなったのか、スケッチブックはするりと彼女の手元から抜け落ちる。
もう既に睡魔は限界だったのだろうか。
流火はあっという間に眠りについてしまった。

「マジか」

確かめるように流火の頭を叩くように触ってみるが、びくりともしない規則的で落ち着いている呼吸が聞こえてくるだけだ。
本当に、落ち着いている。
呼吸の音と、呼吸によって浮き沈みする動作が見えなければ、死んでいるのではと思うくらい。
ここまで力の抜けている人間を、大和田は流火以外に見たことがない。
こんなご時世であるから、自分の部屋でも死んだように深く睡眠をとるなんてなかなかないだろう。
ふと、流火の「大和田くんの側は落ち着く」という言葉を思い出す。
その落ち着きやら信頼やらは非常にくすぐったい。
悪い気がするものではないが、無性に。
大和田と流火は恋人でなければ親しい友人という訳でもない、ただの幼馴染みだ。
そういう信頼関係の元に、家族のような距離を持っていた。
しかし、流火はどうなのかは分からないが……大和田の方に下心がないかと言えば、嘘になる。
それは男だから当然だが。
ただでさえ大和田は惚れっぽい性格をしているのだから。
冷静になれば流火は妹のように愛でてきた存在であるから、女の子……なんて考えはふとした瞬間にしか出てこないが。

「信頼、されてんなぁ」

ここまでくると、もはや男としての意識はほぼ壊滅的だ。

「俺もそうだわ」

大和田は目を細目ながら、流火の頭を撫でてやる。
流火からの反応は何も得られないが、十分だ。
どう足掻こうと、これ以上の関係を望めるとは思っていない。
これ以上になりたいとも積極的には思わない。
人間は欲深い生き物だと言うが、ここまでの欲を望めばバチが当たるというのはきっと決まっているのだろう。
大和田は普段であれば見せないような慈しみに満ちた視線を流火に落とし、彼女の身体に布団をかけてやる。

「俺以外はなしだぞ、流火」
「……んー」

寝言とも呻きともとれる声が流火から落とされる。
大和田はそれにさえ満足して、流火の寝顔から目線をそらす。
ただの庇護欲にしては行き過ぎている。
全くの赤の他人が見たら若干……いや、完全に引かれるかもしれない。
他人の評価など気にしないように生きているから彼にも彼女にも無関係だったが。
流火がそう望まない限り、自分以外の人間は彼女には必要ないと。
それくらいの勢いで大和田は流火を大切にしている。
だからこそ、流火は大和田の側が落ち着くなど呑気に言っていられるのだ。
人間は自分を甘やかしてくれる人間に弱い。
好意を向ければ、少からず好意を返す。
無条件に築かれていく信頼は純粋で、純粋故の狂気を孕む。
それでも、これ以上にならないふたりの関係はきっとどんなものよりも綺麗な形だ。
彼はそう信じて疑わない。


とある日常の一幕から
(彼女は光で彼は影だとでも言うのだろうか)
(ふたりの間には、きっと違いなんてないだろうに)



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