短い話・ダンガンロンパ | ナノ

最低限欲求不満




人間には、欲求が階段のように続いていくシステムが備えられている。
いや、この言い方じゃ分かり辛いかな。
欲求の最下層には最低限の欲求しかないということで、その欲求が叶えられると、次の欲求段階に至る……というか。
だから、ええと。
私が言いたいことはつまり。

「流火……一旦落ち着けよ」
「あ、うん。だからね、ええと、その、“これを手に入れたら、次はこれ”って、人間っていうのはだんだん強欲になっていくものだと思うんだ」

私からすれば、ちゃんと落ち着いて言葉を吐き出しているつもりであった。
しかし話を聞いてくれている大和田くんはそれでも、「落ち着け」だの「ゆっくりでいい」だの言ってくる。
ああ、確かに私は焦っているのかも。
でも、焦りたくもなる。
その原因を作っているのは私ではなく大和田くんなのだから、私は悪くない、はず。

「大和田くんにはそういったものがないのかなって」
「はぁ?」
「あ、いや……」

無自覚でやっているのだとしたら、大和田くんはかなり悪い人だなぁと思う。
自分で改めて落ち着いてみるためにも、私は一旦全てのことを考え始めた。
まず、私と大和田くんは恋人同士だ。
大和田くんからなんとも色気のない、ほとんど脅迫のような告白を受けて、付き合うことになった。
私も彼のことは嫌いではなかったし、今ではそういった意味で好きだから、何も問題はないと思う。
いや、問題があるから悩んでいるのだけども、問題はないというのは好意という感情的な問題面においての話だ。
私が悩んで思い詰めているのは、行為という能動的な面での私と彼の関係。
恋人同士になってから、私と大和田くんはそれはもうどこぞの風紀委員もビックリなほど清い交際をしている。
交際という言葉ではなくて、お付き合いをしていますって言った方がいいんじゃないだろうか。
それくらいに堅実だ。
幼馴染みという関係であった頃と、何も変わらない。
私は最初こそそれに何の文句も言わなかったし、思わなかったけれど、お付き合いを始めて半年近くも経てば、なんだかこう、変わってくるものもある。
恋愛小説やドラマの見すぎじゃないのと言えばそうかもしれないが、私たちはキスをしたことすらないのだ。
いい年頃をしたカップルにしては、これはおかしいんじゃないんだろうか。
私の判断ではなんとも言えなかったから、一応クラスメイトの何人かにも意見を求めたら……、まあ、どれも大和田くんを責めるものばかりでとても口にはしたくない。
数少ない良心的な意見としては、「戸叶さんを大事にしたいんだよ」とか、「兄弟は真面目な男だからな」とか、そう言われてしまっては何も言い返せないじゃないかっていうことを出されてしまった。
良心的な意見の方に私はチリチリと胸が痛んだ。
なんとなく、分かっているからだ。
大和田くんが以前の関係と何も変わらずにこうしているのは、私に遠慮してというか、私を気遣ってというか、とにかくそういうことなんだ。
だけど、私の心の中ではふたつの感情がせめぎあっている。
大事にしてくれている大和田くんに申し訳ないと思う気持ちと、もっと恋人らしいことがしてみたいという尤もらしい気持ちと。
だから私は、大した言葉も固まらないまま、こうして彼にぶつけてしまおうとして……結局のところ彼に気を遣わせている。

「大和田くんは、そのー……あのー……」

チラチラと様子を伺ってみる。
ああ、なんか覚えがあるなぁ、この行動。
子供の頃に意図的ではない悪さをしてしまって、兄に怒られている時と全く同じだ。
起こってる?怒らないでよ、もうしないから―――そんな視線で、相手の様子を伺って、そしてやっぱり怒られる。
私が今やっているのは怒られている時にしていた行動で、別に今は怒られている訳じゃないのに。
こうもオドオドしてしまうと、申し訳なくなる。
しかし、大和田くんが悪いんだ。
私と付き合って、彼は私とどうしたかったんだろう。
それがまったく分からない。

「大和田くんって、私で興奮する?」
「はぁ!?」
「ごめん!間違えた!!今の違う失言だった!!」

慌てるあまり、変なことを口走ってしまった。
元からお前の考えはおかしいだろうというツッコミは受け付けない。

「いや、違うっていうほど違うって訳じゃないけど!その、大和田くん、私に何もしないでしょ?恋人同士なのに、変じゃないのかなって。ちゅーとかしないのって、変じゃないのかなって……、うん、ごめん、やっぱり何でもない」

自分で言っていて恥ずかしくなってきた。
大体、どうして私が気にしなくてはいけないんだ。
私に告白してきたのは元々大和田くんなのであって、私は近々でようやく大和田くんへの好意を自覚したところなのだ。
恋人らしい行為をするというのなら、大和田くんから何か行動を示してもらいたい。
なんて考え始めると、今までの感情を全て打ち消して、なんだかイライラとしてきた。

「君は私が、好き……で、いいんだよね」

それすらも疑いたくなって、そこで自己嫌悪する。
こうしていたら嫌われるんじゃないかなぁなんて他人事のように思った。
大和田くんは何も言わない。
何も言わないから、不安はどんどん大きくなっていく。
伺いの視線を向けるために、私はチラチラと彼を見た。

「……大和田くん?」

そして見えた彼の表情に戸惑ってしまった。
真っ赤だ。
ビックリするくらい、真っ赤な顔をしている。

「大和田くん、大丈夫……?」

若干、引いてしまった。
しかし引いている場合でもないようで、大和田くんの視線は「誰のせいだと」と恨めしげにこちらを向いている。

「わかった……、流火がそう言うんだったらちゅーするか」
「は……!?」

真っ赤な顔をした大和田くんがその大きな手のひらを私の頬に当てる。
私は今どんな表情をしているんだろうか。
心の中では、ちょっとひきつっている感じかもしれない。

「あ、汗ばんでるね、大和田くん」
「静かにしてろっ、狙い定まんねぇだろ……!?」
「え、ちゅーって狙い定めてするものなの……!?」

どちらかというと、それは命の危機に似たものを感じるのだけれど。

「大和田くん、ちょっと落ち着こう。離して。私心の準備ができてない心の準備させて、30秒下さい30秒」
「てんめ……!人のこと散々煽っておいて……!!」
「あと60秒!」
「増えてんじゃねぇか!!」

逃がすかと両手で両頬を挟まれる。
逃げられないというのは悟ったが、何とかして逃れたいとは思った。
気分としては、肉食動物に捕らえられた草食動物の気分で。
ああ私は食べても美味しくないですよと必死にアピールするしか私には生き残るすべはないんだろうなと馬鹿馬鹿しく思う。
そんなことをしても無駄だと分かっているからだ。
だって欲求の中でも、食欲は最優先されるべき、最下層の最低限の欲求なのだから。


最低限欲求不満
(でも、ちゃんと尤もらしい感情は彼にもあったのだと)
(捕食対象の私は心のどこかでホッとしていた)


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