短い話・ダンガンロンパ | ナノ

ちょっとストップ!




「桑田くんて、いい人だね」
「……はっ?」

クラスメイトの戸叶にそんなことを言われたのは何でもないような普通の日だった。
“いい人”と、はにかむように笑った戸叶は、ある一定の信頼を獲得した人間にしか見せないような瞳をして、オレは柄にもなく「危なっかしい」だなんて思った。
女性的というよりは子供的な無邪気さはどうにも軽薄なことをいう気分にもなれなくて、いつものちゃらんぽらんとした態度も出来なくて、オレはただ、戸惑った。

「や、別にこんくらいなんともねぇし!」
「それでも、ありがとう」

見返りも何も求めない心からのお礼というやつにオレはどこか居心地が悪い。
オレがしたのは、本当に何でもないようなことだった。
ただ大量のプリントをたった1人で運ぶのが大変そうだった戸叶を偶然見つけたから知らん顔を決める訳にもいかず、手伝っただけだ。
教室まで半分の量を運ぶのを手伝っただけで、そこまで感謝される覚えはない。

「つーかさ!大和田とか石丸に手伝ってもらえばいいのに、何で1人で運ぼうとしたわけ?」
「……なんとなく?」
「何故疑問系」

小首を傾げる戸叶は、本当に分かっていない様子だ。
頼りにすることが思いつかなかったのだろうか。
んなアホな、と思ったが、戸叶ならありえるかもしれないとオレは苦笑する。
オレは戸叶と常に一緒という訳ではないから、勝手なイメージで申し訳ないのだが、戸叶はとにかく甘えるのが下手そう……というか、慣れていなさそうだ。
そのくせ、無意識に愛されることに慣れているから、質が悪い。
戸叶の幼なじみのアホがとにかく甘やかすもんだから、戸叶自身から甘えることはないのだろう。
なんか、それはそれで可哀想だと同情する。

「……まあ、また何かこういう事あったら、誰でもいいから頼っとけよ」
「でも、迷惑じゃない?」
「迷惑じゃねーってば。もし誰かに頼るのが後ろめたいんだったら、オレ頼っとけばいいし!」
「……桑田くんって、いい人だ」
「ちげーって!」

心なしか熱くなった顔を誤魔化すようにオレは無駄な大声を出して否定した。
それが下手な照れ隠しになってしまったのだろう。
戸叶は楽しそうに笑っていた。
何故だかそれが見ていられなくて、オレは簡単な言葉を投げかけてからこの場を去ることにした。
戸叶は小さく手を振って、オレからも軽く振り返す。
うわ、すっげぇ恥ずかしいやりとり、何だこれ。
石丸もいねぇし、走って逃げてしまおう。
穴があったら入りたい。

「―――ああ、戸叶さん!丁度良かった、ちょっといいかな」
「あ、先生……何ですか?」

走り出してどこかに行ってしまおうとしたオレだったが、その足は止まった。
背後から教師の声と戸叶の声が聞こえてしまったからだ。
なんとなく嫌な予感はしたのだが、その嫌な予感が本物だったら……と考えてしまうと放置という訳にもいかず、オレは後ろを振り返ってしまった。
そこには、教師から数十冊のノートを手渡されている戸叶の姿があった。

「あいつは頼まれ事ホイホイかよ……」

やっぱり、と予感的中に頭を抱えるよりも先に、そんな意味不明な発言をしてしまった。
戸叶は、誰かに頼れよというオレの言葉を聞いていなかったのか、何の躊躇もなくその足を前へと進めた。
オレは誰でもいいから頼れって言ったぞ。

「ああーっ……、戸叶ッ!!」

オレは髪を掻き回した後で、ゆっくり離れていく戸叶の背中を追いかけた。
あっという間に追いついて、戸叶の目の前に飛び出すと、戸叶は驚いたように目を丸くさせる。
立ち止まった戸叶の姿を見て、オレは苛立つよりも呆れた。
数十冊のノートはやはり重いのか、ノートを持つ両手から腕が若干震えている。

「あれ、桑田くん。さっきぶりだ」
「あれ桑田くんじゃねーから!さっきああ言ったのに何でひとりで運んでんの!?」
「……周りに誰もいなかったから?」
「嘘つけ!ノート渡された瞬間歩き出してただろうが!」
「うわあ、見てたの」
「見てたっつーか、その」

いや、見ていた……としか言いようがない。
言葉に詰まってしまったオレは誤魔化すように戸叶からノートを奪う。
プリントよりノートの方が重そうだったから、ちょっと多めに奪っておいた。

「あっ」

戸叶は不満げな声をこぼしたが、んなもん知るか。

「どこまで運ぶんだ、これ?」
「職員室かな」
「地味に遠いな」
「次の授業、間に合わなくなっちゃうかもしれないから、桑田くん教室行ってていいよ」
「別にいいって。遅れても、先生のお使いっていう正当なサボリの理由になるし」
「そっか。そうだね」
「それに手伝うって言ってんだから、それを途中で投げ出すほど薄情じゃねーよ……多分」

ものによっては放り投げてしまうと思ったから、一応“多分”を付け加えた。
しかし、戸叶は首を左右に力一杯振っていた。

「桑田くんってやっぱりいい人なんだよ、優しいんだろうね」
「だから、そういうんじゃねぇって」
「軽い人だって決め付けちゃ駄目だね、チャラく見えても、実は誠実なんだ」
「……ちょっ、お願い戸叶さん、やめてください」

誠実だとまで言われてしまい、無性に恥ずかしくてどうしようもなかった。
何も言い返せなくなるのは、オレのどんな言葉にも無邪気に返してくれるせいなんだろうか。
子供みたいな純粋さっていうのは苦手だ。
何かしようものなら、何か言おうものなら、あの煩い泣き声に似た音を聞きそうな気がして。
それが嫌だから、叱ることが出来なければ、こちらから甘やかすことしか出来ないのだ。
ああ、なるほど、そういうことか。
だからみんな、彼女のことを甘やかすんだ。
それだから彼女は、極端に甘えるのが下手なんだ。

「……甘えろってのが無理な話か」
「ん?何?」
「いーや、独り言」
「そっか?」

戸叶が心を許した笑顔は、本当に危なっかしい。
警戒されていた時期の能面のような表情を思い返しては、そう思う。
このまま、彼女を甘やかしたらどうなるのだろうか。
もっと心を開いてくれるだろうか。
ただの“いい人”で終わらないようにする為には、どうしたら―――。
そこまで思考回路を巡らせて、オレはハッと我に返る。

「桑田くん、手伝ってくれてありがとうね」
「……や、お礼とかいらねーし」

自分の中に下心が芽生えてしまったことに、自己嫌悪がさす。
彼女にはっきりと言ってやりたい。
そんなに気ばかり許していたら、悪い男に落とされてしまうのだから。


ちょっとストップ!
(その前に落とされてしまったのはこちら側だ)
(どこまでも無意識な彼女は気付かないだろうな)


戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -