短い話・ダンガンロンパ | ナノ

日常の根にある歪




日常が一番だとか。平和が一番だとか。
兄の那由多くんは常々言っていた気がする。
そして、毎回のように付け加えるのだ。
「頼むから流火は日常の中にいてくれよ」だなんて。
そうして、毎回のように私は苦笑を浮かべるのだ。

「大和田くん、大和田くん。質問してもいい?」
「あ?何だよ?」
「“日常”とか“平和”って何だと思いますか」
「……流火、お前、何か変な宗教とかは」
「入ってないよ!那由多くんだよ、言っていたのは!」

確かに、那由多くんの言葉は一歩間違えれば宗教だし、哲学にだってなるが、那由多くんが発言者だと思えば、何か悟るものでもあったのだろう。大和田くんは呆れたように肩を落とした。

「んじゃあれだ。流火は不良にならず普通でいてくれっていう那由多の願望だな」
「普通……」
「たぶん、流火にとっての普通でいいんだろ。学校行って、描いて、那由多んとこ帰るくらいの」
「それは……普通だね」
「だろ」

大和田くんは呆れた様子のままだったが、何故か得意気だ。

「那由多の奴も心配性なんだよ」
「君がそれを言うんだ」
「俺と那由多の心配の部類は違ぇだろ、たぶん。あいつはお前の兄貴なんだから。少し行き過ぎなくらい心配してたって、しゃーねーだろ」

私からしてみれば幼なじみの君も大分心配性だし、もしかしたら那由多くん以上に過保護なんだけどね―――と思ったが、言わなかった。言ったら言ったで面倒くさい気がした。

「ましてやたった1人の妹だろ?なんか危なっかしい事に巻き込まれねぇでちゃんと自分のところに帰ってきてもらいたいと思うのが普通なんだよ」
「言われなくたってそれくらい分かりますって。ああー……やっぱそうだよね、妹だもんね」
「何だよ」
「いや、私は那由多くんの妹なんだと思って。姉や娘でもなければ、兄でも弟でもないんだなって、改めて」
「はっ?」

私が那由多くんの妹なのはどうしようもない事だ。
彼より後に生まれてしまったのだから、それを甘んじて受け入れなければ。
でも、せめて、弟であったなら。私が男だったのならと思う。
そうしたら、違ったかもしれない。

「大和田くんはいいよね」
「いや、何だ、急に」
「弟でいいよね」
「ケンカ売ってんのか?」
「違う。羨ましいの。少なくとも、肩を並べられる位置にはいたんでしょ、君と……お兄さんは」

大和田くんは私が何を言いたいのか理解してくれたらしい。
なるほどという純粋な納得の後の「うわこいつ面倒くせぇ」という表情の変化が印象的だった。
私が何を言いたいかというと、“妹であるせいで負担になっているんじゃないか”ってことだ。
妹、つまりは女だから、ちゃんとしなければいけないという思いがきっと那由多くんにはあるのだ。周囲の人にも、きっと言われている。「女の子なのだから」を前提に、那由多くんは私を育てている。
もし私が弟で、というか男だったとしたら、多少雑に育ててもらったって良かったのだろう。女ほど気を張りつめなくて良いだろうし、女ほど負担にもならないはずだ。
那由多くんは私に日常だけで暮らしてもらいたいらしいが、それは私からすれば那由多くんに負担をかけている日常といえる。私はそれが嫌だ。
……というのを、大和田くんは分かってくれたのだ。分かってくれただけでもありがたい。

「あのよ、流火」
「はい」
「俺が勝手に思ってることだけどな」
「はい」
「那由多は負担とか、そういう事、全然考えてねーと思うぞ」
「……そうかなぁ」
「弟っていうのも、そんないいもんでもねぇしな!」

だからお前が何か難しいことを考える必要はないのだとでも言うように、大和田くんは私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
私は髪がぐしゃぐしゃになるのを感じながら、「やめてよ」と大和田くんの手を払った。

「今日那由多くんに結んでもらったんだよ、髪。崩れちゃうじゃん」
「……ほら、お前、ほら」
「なに?」
「……何でもねぇわ。帰るぞ」
「うん」

そうだった。
まだ帰り道の途中だった。
今日はお鍋にするからと、軽いお使いを済ませて帰っていた途中だ。

「君が来るからかな。いつもより量が多い……特にお肉」
「お前と那由多が食わねーんだろ。もやしみたいだしな、那由多……ってぇ!?」
「かっこいいからいいんだよ」
「踏むなよ……那由多に似て足癖の悪ぃ……」
「全然だよ」

私は笑ったが、大和田くんには笑えなかったようで不機嫌そうだ。いや、不機嫌までいかなくても、つまらなそうだと思った。

「お前ら兄妹揃って仲良いから、俺が入り込めねぇの気付けよ……」
「それは、知らないよ。私が那由多くん好きなの今に始まったことじゃないから……」

好きだから、余計に負担になりたくはないのに。
大好きだから、言うことは聞くいい子でもいたかった。

「流火なぁ……、那由多が結婚したらどうすんだよ」
「しないから大丈夫でしょ」
「仮に」
「仮に?でも、そうだとしても、私がお嫁にもらわれてからじゃないと、那由多くんって結婚しないんじゃない」

これこそ何の根拠もない発言だったが、何となくそうだと思った。
妹だからこそ分かる、何かっていうか。

「もしその仮にがあるなら、大和田くんが私をお嫁にもらってよ」
「絶対に嫌だ」
「でも迷ったね、今」
「お前が結婚するって、それ自分じゃなくて那由多の為だろ。だったら御免ってだけだ」
「そうだね」

でも、よくよく考えれば結婚も普通の形なんじゃないかなって思った。
那由多くんが求めるような日常のひとつに上手に混ぜ合わせる事のできる色なんじゃないかと。

「ただいま!」

その日常的な挨拶でさえ、那由多くんは嬉しそうに返してくれる。
今はこれでいいのだろうか。だとしたら、これでいい。
私は那由多くんが大好きで、大事だから、望んでることを何でも叶えたい。
そうすることが、彼へのせめてもの“恩返し”と“罪滅ぼし”だ。
私は戸叶那由多の、希望になりたい。

「ねぇねぇ那由多くん。私がさ、大和田くんと結婚するって言ったらどうする?」
「え?そうだな……結婚は嬉しいけど、相手にちょっと文句があるかな」
「嫁にもらう気ねぇから安心しろよ……このシスコンブラコン」

大和田くんは付き合っていられないといった様子で、私と那由多くんを交互に見てはため息をついた。
私と那由多くんはそんな大和田くんを見て、それこそ何を言っているのかという顔になってしまう。
だって大和田くんは間違っている。
シスコンだとかブラコンだとか、そんなもので片付けられるほど優しい関係じゃない。
私と那由多くんは家族だ。

「……ああ、そっか」

確かに大和田くんは入り込めないのかもしれない。
何とも奇妙な絆の形に、赤の他人が入り込む方が無理な話だった。


日常の根にある歪
(大切で大好きなものは、弱みになるでしょう)
(兄の為ならヒトを殺せるくらい、兄は私の弱みなのです)


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