鮮やかな桃色世界
最初にお花見をしようと言い出したのは朝日奈さんだった。
でも、キッカケを開いたのが朝日奈さんなだけであって、みんなお花見がしたかったのだろう。
後は流れるように、あっという間にお花見へと発展した。
桜は満開。
希望ヶ峰学園校庭の一角を占領して、私たち78期生はお花見だ。
「……満開だー。綺麗だねー」
「なんつー感情のこもってねぇ言葉だ。……ほら」
ぼぅっと桜を見上げていた私に、大和田くんは苦笑しながらおにぎりを差し出した。
それを受け取り、やる気なくはむはむと食べる。
美味しい。
「流火、嫌だったのか?」
「ん?何が?」
「花見だよ。お前、楽しそうにしてねぇから……」
「いや、楽しいよ」
楽しいけれど、それを上手く表面に出す方法が分からない。
というか……。
「お花見なんて初めてやったから、どうすればいいのか分からない」
「……おっ?」
「……んっ?」
「冗談だろ……?」
「いや、本気です」
お父さんとお母さんがいた頃がどうだったかは知らないが、少なくとも私の覚えている記憶の中では立派なお花見をしたことはない。
兄が「お花見しよう」と言ったことはない。
まあ、兄妹2人っきりでお花見するというのも変な話じゃないだろうか……この歳なら尚更で。
「君はしたこと……、……ああ、暴走族仲間か」
お花見イベントという名の暴走るイベントと化していそうだが、まあ何も言わない。
おにぎりをひとつ食べ終えた私は、スケッチブックを出した。
「楽しみ方が分からないので、私は私らしくね」
「……なんか、夏祭りの時も同じような言葉を聞いたな」
「気のせいじゃないだろうね」
私は風が吹いただけで散ってしまう脆い花を見つめる。
少し視線を変えれば、目に写るのは1年を共に過ごしてきた仲間たちの姿だ。
そこでようやく、私の頬は緩む。
自然と笑顔になる。
「……この1年、私は新しいことの発見ばかりでしたよ」
「流火?」
私はスケッチブックを閉じて立ち上がる。
私が立ち上がったと同時に、より一層強い風が吹く。
唐突な桜吹雪。
あたりの風景を桃色に染めていく。
「―――流火ッ」
不意に手首を掴まれた。
「……大和田くん?」
桜吹雪が止んで、私は首を傾げた。
大和田くんは何故か切羽詰まった表情を浮かべて、こちらを見ている。
「……どうしたの?」
「いや……」
手首を離される。
暖かい体温が離れて、小さく風が吹くだけで異様な虚無感と寒さを感じた。
「いなくなるかと思ってよ」
大和田くんが真剣にそんなことを言うものだから、私は思わず吹き出してしまった。
そのまま大爆笑だ。
「てっめ……!!笑うなッ!!」
「いや、だって……!何それ、ベッタベタに……桜に攫われるとかってやつですか……!!」
ひとしきりに笑い尽くした後、笑い過ぎのせいで出てきた涙を拭く。
「大丈夫だよ、いなくなったりなんかしない」
居なくなりたく、ない。
私はずっとここにいたい。
ここが好きだ。
「私はいなくなったりしないから、君もいなくならないでね」
そして、彼が好きだ。
大和田くんは誰よりも信頼できるから。
「戸叶ちゃーん!大和田もこっちおいでよー!」
「つーかさ!写真撮ろうぜ、写真!」
いや……みんな、信頼できる人。
だから、みんなも好きだ。
「行こう、大和田くんっ」
私は閉じたままのスケッチブックをその場に放り出して、大和田くんの手を取る。
そして、みんなの元へと駆け出した。
願わくば、ずっとこのままで。
まだ、このままで。
この数日後に、世界が終わってしまったとしても。
鮮やかな桃色世界
(桜の下には死体が埋まっている
(だから美しいのだと誰かが言った)
(だとしたら、それは桜吹雪に攫われてしまった人なのかなと)
(私は終わった世界でどうでもいいことを考えていた)
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