短い話・ダンガンロンパ | ナノ

君の声だから愛しい




正月生まれってのは正直損だ。
損しかねぇ。
何でって、正月だから店なんかどこもやってねーし。
あけおめメールと共に「少し早いけど」なんて前置きでハッピーバースデーが付け足されている。
プレゼントなんか酷いときにはお年玉そのものがプレゼントだ。
だからなんつーか、正月に生まれたのって損しかねぇ。
1月1日に生まれなかっただけマシだが、オレの場合3日だから何かモヤモヤっとする。
んだよ、1月3日が誕生日って。
ギリギリで三が日じゃねーか。
ギリギリでどこも店やってねーじゃんか。
……そんな悪態を心の中で付きながら、俺は小一時間都心から少し離れた町を歩いていた。

「ふぅ……」

学園の寮暮らしかつ実家に戻らなかった俺は、どうしようもなく外に出た訳だ。
せっかくの誕生日だが、誕生日だからこそ普段やらねーことをしようと思って、知らぬ方向へ行き、探索。
見事都会の街並みとは言い難い平凡な町に出てしまった。

「……この辺、何町っつーんだ?……まあ、迷ったとしてもスマホ使うしいいけどよ……」

人気すらない。
ほらほらご町内の皆さん。
甲子園を賑わせる桑田怜恩選手が歩いてますよー。
サインとか貰わなきゃ損ですよー。

「……」

自分で考えて思った言葉のくせに、無性に虚しくなった。
なので、すぐやめた。

「……はあぁぁぁあ」

深いため息をつく。
三が日生まれの苦労と不幸と不遇を苗木に語ってやろうか、そう思ったオレは適当な喫茶店的なものを探そうかと考えた。
踵を返そうと身動きをしたところで、オレの視界の端は、あるものを捉えた。

「……あん?」

一度見たら忘れない。
忘れる訳がない。
あの目に痛いくらいの刺激色。

「……戸叶ッ!?」

視界の端に写っただけで、オレが見たのはクラスメイトの戸叶流火であるとは言い切れない。
しかし、オレには自信があった。
根拠のない自信で、あれは戸叶であると。

「おいっ、戸叶ッ!!」

ひたすら彼女の名を叫んでいると、オレの視界は再び揺れる赤を捉えた。

「……桑田くんっ?」

ひょこっと、看板が錆びてしまっている古い店の前に立っていた戸叶流火が背伸びをした。

「わ、桑田くんだー。久しぶりだー」

久しぶりにも関わらず、戸叶の声はあまり感動には満ちていない。
うん、なんとも戸叶らしい。
なんつーか、安心。
戸叶は青緑色のコートに藍色のマフラーをしていて、冷色にはかなり目立ついつもの赤髪を下ろしていた。
長髪をいつもポニーテールにしている戸叶が下ろしているのは、何だか新鮮味がある。
普段髪を束ねている女子が髪を下ろすと、やはりそれ特有の……ぐっとくるものがある。

「戸叶ちゃーんっ、いーじゃんいーじゃん!髪下ろしてる方がポニテより全然可愛いじゃん!」
「……年が明けても桑田くんは桑田くんか。安心したよ。あけましておめでとう」

淡々とした言葉に実に可愛いらしい笑顔。
そのミスマッチ。
悪意か天然か分からなくなる時があるが、こいつの場合あくまで純粋にコレだから完全なる悪意でも完全なる天然でもないのだろう。

「おー、おめでとさん」

そして、やはり戸叶もオレの誕生日を祝うよりも先に「あけましておめでとう」だ。
世間様の祝い事等に興味のない戸叶なら、或いは……と思ったのだが。
いや、オレが傲慢なんだろうか。
正月の挨拶よりも自分の誕生日を優先してほしいなんて。

「……」
「……」
「…………」
「…………」

……おっと?何だ、この沈黙?

「えーと……戸叶サン?」
「どうしたの?」
「どうしたのって……」

さすがに、「オレ今日誕生日」みたいなこと、お祝いの言葉を頂戴するほどオレは図々しくない、女子には。
しかし戸叶は身内には甘く接してくれて、誕生日にはお祝いの言葉をくれるような子だ。
そんな戸叶が何も言わないなんて、もしやオレの知らない所でオレいじめが流行ってるんだろうか。

「えーっと……三が日だな」
「……ああ、そっか」
「は……?」

何が「そっか」なんだ?
もしやオレが三が日生まれであることを思い出したのか?

「今日って3日か。三が日だったね」

そこか!
いや、まず新年明けてまだ3日なのにたった3日なのに日付すら覚えてないってどうなの!?
曜日なら分かるけど、日付は危ないレベルだろうがッ!!

「わ、忘れてたのか……?今日の日付」

言いたいこともツッコミたいことも大量にあるが、なんとか押さえ込んだ。
そしてオレの質問は、戸叶にあっさりと頷かれ、肯定されてしまった。
三が日であることを忘れるなんて、ちょっと保護者に要相談じゃねーのか?
おい大和田どこだ、なんでこういう時に限っていないんだお前は。

「三が日か……通りでお店がやってない訳だ」

戸叶はコンッとシャッターの閉められた古めかしい店の壁を叩いた。
錆びた看板をよく見ると、どうやらここは画材屋らしい。

「このお店、結構好きなんだ。大きいお店にはない貴重な絵具とか、置いてあるの。新年明けまして、最初の絵はこの画材屋さんで揃えたかったんだけど……明日じゃないと開かないのか」

戸叶は残念そうに目を伏せる。
戸叶のそんな悲しそうな顔を見ていると、何故だか無性に三が日が恨めしくなってくる。

「三が日って、あんまいいことないよな」
「のんびりできる日ではあるけどね」
「でも、あれだ、そんな日に生まれちまうとすげー暇なんだよ。店どこもかしこも『迎春』ポスターでよ」
「…………ん?」

戸叶が急に目を丸くする。
そして、じっと見つめられる。
正直、戸叶に見つめられるのは苦手だ。
心の奥底まで見透かされる気がするから。

「そんな日に生まれたって……桑田くん、三が日生まれなの?」
「は?え、あ、ああ。つか、今日が誕生日っつーか……むしろ戸叶ちゃんオレの誕生日知らなかったのっつーか……」

戸叶は何度もこくこくと頷く。
マジか。
オレの誕生日知らなかったのか、戸叶。
うわ、なんか……なんか恥ずかしい。

「早く言ってよ、誕生日だって!年が明けるより重要じゃないですか」
「……おう!?」
「……何?何で驚くの?」
「なっ、何でって……!」

驚くに決まっている。
世間的に重要で知れ渡っているのは当然正月や三が日な訳で、オレの誕生日ではない。
オレの「誕生日おめでとう」は「明けましておめでとう」より価値の低いものだというのは悔しいが認める他なかった。
それにも関わらず、戸叶のやつは……。

「あ、明けましておめでとうより、オレの誕生日を優先するわけ?」
「当たり前じゃないですか」

戸叶の当たり前の基準が分からない。
分かるのは、戸叶はオレの誕生日を明けましておめでとうのついでにしないということだった。

「そっか。桑田くん、三が日が誕生日なんだ。うん、なんか君の誕生日があるなら三が日も好きになれる気がする。少なくとものんびりじゃなくなるね。お祝いできる」

嬉しそうに微笑む戸叶に、オレは柄にもなく感動した。
前の学校の連中とか友達と呼んでいいのかも分からない奴らに送られてきたあけおめメールのついでの誕生日のお祝いより、当然、何倍も何千倍も良かった。

「でも困ったなぁ……君にあげられるようなプレゼントがないんだよね」
「……あ、じ、じゃあさ!オレ欲しいもんあるんだけど!」
「私が用意できる?無茶なお願いとかは却下だからね」
「分かってるって!そんなんじゃねぇから!」

オレが欲しいのは、ずっと、ずっとこれだった。
ついでのおめでとうじゃない。
お年玉という名のプレゼントじゃない。
もっと単純で純粋なものだ。

「誕生日おめでとうって言ってくれよ!」
「……え」
「え、じゃねぇし。何だよその変な反応!」
「いや、だって、それ……」

確かにかなり変なお願いである。
しかも自分で言うのはなんだが、無欲すぎる。
戸叶はそれが不気味でならないんだと思う。

「……もっと実用性あるものにしたらいいのに」

しかし、何だかんだと戸叶は聞き入れてくれる。
戸叶はオレから1歩距離を置き、背筋を伸ばした。
そして、いつものような―――信頼する者にしか見せない砕けたヘラッとした笑みで、言ってくれた。

「桑田くん、お誕生日おめでとう!」

オレは、満足した。

「おう、サンキュー、戸叶!」

オレがずっと欲しかったのは、純粋なオレの生誕だけを祝ってくれる言葉だった。



君の声だから愛しい
(ただの言葉なのに、何故か無駄にドキドキとした)
(その理由が分かるのは、もう少し後の事である)


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