短い話・ダンガンロンパ | ナノ

望むは色



10月31日。
街中が黒や橙や紫の灯に照らされ、雰囲気を変える。
俗に言う、ハロウィンというやつだ。
「トリックオアトリート」の言葉の元に、とりあえずお菓子をせびる日。
「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」ではなく、とりあえずお菓子をくれという日。
……失礼、これは私の勝手な解釈である。
とにかく今日はハロウィンだ。
バレンタイン、ホワイトデーに次いで私が苦手意識を持つイベントだった。

「流火〜!トリックオアトリートッ!」
「えっ?え、えーっと……」

すっかりハロウィン色に染まっている江ノ島さんが誰よりも早く私に声をかけた。
彼女はいやにニヤニヤとしていて、これは確信犯だなとすぐに悟った。
甘いものが嫌いな私にとってお菓子なんていうのは天敵であり、持ち合わせているはずがない。
彼女は私がお菓子を持っていないことを知った上でそんなことを言っているのだろう。

「あれれ〜?もしかして流火ちゃん、お菓子持ってないの〜?」
「う、うん……」
「認めた!世間様の流れに乗らない流火ちゃんはマジで絶望的ですね!という訳で!流火にはスペシャルなおしおきだぜ、ヒャッハー!」
「悪戯じゃないんだ……!?」

なんだかよく分からないけれど、江ノ島さんの異様なテンションや「おしおき」という言葉から不穏さを覚え、私は思わず彼女から後退る。

「超高校級の画家である戸叶流火さんに、スペシャルなおしおきを用意―――」
「おいコラ、江ノ島」

おしおきの宣言すらできず、江ノ島さんの声は掻き消される。
代わりに私の聴覚が捉えたのは誰よりも聞きなれた声だ。

「あんまり流火に絡むんじゃねーよ」
「うわ、出たわね、セコム」
「もう保護者じゃねーんだよ!恋人だ、恋人!流火の彼氏だッ!」

人目も憚らずそんなことを言ってしまう「恋人」に私は頭を抱える。
江ノ島さんを私から引き剥がす幼馴染み改め恋人というその彼は、私と江ノ島さんの間にいくらかの距離を作る。
そして、江ノ島さんに何かを渡した。

「これやるから、それでいいだろ。流火に構うな」
「相変わらず独占欲強いんだから、大和田は。そんなんじゃ流火も疲れるよ?それにあたしが欲しいのは飴玉じゃなくて流火が絶望に染まった顔なんですけど!トリックオアディスペアー!……なんてねっ!」

……「悪戯か、絶望か」。
なんとも江ノ島さんらしいけれど、なんとも救いがなさすぎる。
江ノ島さんは私をからかうことができて満足したのか、(紋土くんが差し出した飴玉はしっかりともらって)次のターゲットに狙いを定めていた。
特徴的なアホ毛を持つクラスメイトが江ノ島さんに捕まったのを最後に、私は視界の中に紋土くんの姿を入れた。

「えっと……ありがとね。……って言うのも、何か変だね」
「あ?絡まれてたんだから、助けるのは当然だろ」
「い、いや、別に友達同士のじゃれ合いだよ?」

友達同士のじゃれ合いにしては、少し不穏な言葉が過ったけれど。

「いくらダチッつってもな。むしろダチならこういうイベント事に対する用意はしとけ。江ノ島やセレスに狙われんのは目に見えて分かんだろーが」
「う、うん……それもそうだね」
「……お前は甘党じゃねぇし、無理に菓子常備しろとは言わねーけど。こういう日は自衛として飴玉くらい持っとけ」
「……自衛は言い過ぎ……、でも、ない、ね」

うん、紋土くんの言う通り、飴玉くらいは常備しておこう。
そしてできる限り、この手のイベントを楽しめるような対策をしておこう。
……ああ、そうだ、江ノ島さんは「トリックオアディスペアー」と自分に有利すぎる言葉を溢していたな。

「……ねぇ!紋土くん!」

私はあることを思い付いて、紋土くんの腕を引っ張った。

「トリックオアカラーズ!」

本気とも冗談ともとれない様に私は笑った。
ちょっと紋土くんを困らせてやろうとして思い付いた、これ自体が悪戯のような言葉。
「悪戯か、色彩か」。
要は「絵具をくれ」と言っているようなもので、急にそんなこと言われたって……。

「ほらよ」
「……って、ええッ!?」

「ほら」って何だ、「ほら」って。
まさか紋土くん、絵具を持ってたのか?
いやいや、そんなまさか……。

「ちゃんとお前の好きな赤色だ。文句はねぇな?」

うわー……ちゃんと持ってる。
え?何で?
何で私でもないのに絵具持ち歩いてるの、この人?

「あ、あのさ……要望した私がこんなこと言うのはあれなんだけど……。何でこんなの持ってんの?」
「10年以上お前の幼馴染みやってんだ。それに今じゃ恋人だしな……。だから……な、なんとなく、分かるんだよ。流火のことだったら、何でも……」

テレッではない。
答えになっていないし、なんか怖い。

「で、いるのか?いらねーのか?」
「いっ、いる!」

まあもうなんでもいいかと私は紋土くんから絵具を受け取った。
ハロウィンとはなんとも不似合いなルビー・レッドだ。

「……これ、いい絵具だね」
「まあな」
「綺麗だ……素晴らしい色だね。早く君をキャンバスに閉じ込めてあげたいよ……」

私がうっとりと赤色を見つめていると、急に紋土くんに肩を掴まれた。

「紋土くん?」
「流火……俺は今、お前の要望に答えてやったよな?」
「う、うん?」

ニィッと紋土くんの口角が上がる。
悪党顔負けの笑みに、私は背筋が凍った。

「トリックオアトリート」

紋土くんの言葉に、私は絶句した。

「おら、出せよ」
「なっ……!まっ、待って待って待った!!私がお菓子持ってないの君知ってるよね?ねっ!?」
「そうだな」
「え、江ノ島さんよりタチが悪いよ、君ッ!!」
「はー」

曖昧な返事で、紋土くんは私を横抱きにした。
唐突すぎる中を浮く感覚に私は混乱する。

「も、紋土くん……!?」
「菓子くれねーんだ。当然だろ?」
「なっ、なにが……!?」
「屋上行くぞ」
「い、いやだ!行きたくない!」

私は必死に抵抗した。
しかし、彼にとってはそんなもの痛くも痒くもないらしい。
こんな確信犯で事に動く恋人に不満も後悔もないが、行き先不安になることは多々ある。
それでも彼を本気で拒まないのは、彼がどうしようもなく好きだから―――だろう、たぶん。



望むは色
(私が求めるのは色彩、彼は色欲)
(……だなんて、上手い下は私には言えない)


戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -